こんな現実望んでねーんだよー!

っと怒りを放出したことにより、

自分の中でエネルギーが使われて漬物石のように蓋していたものが

スーッとなくなったようだった。


ふと、聞きたくない愚痴を言ってきた人を

「愚痴る人」

として認定してるのは私なのかも!って思いがわいてきた。

私が「愚痴る人」を創ったのかもって自然に思えてきて。

この人は愚痴る人だと自分の頭が認定し、その人に役を演じてもらうというか。
演じさせるというか。

そしたらたぶんきっと今のこの現実は自分が何かしらを思い、
その思いが現実を創っているんだなぁって、自然と思えてきた。


今まではこの現実を創った自分の思いは何だろうかってことを
自分を責めながら、
犯人を捜す刑事のように正義を振りかざしていた。


自分にナイフを突きつけて、

「お前がやったのか?!お前だろ!!

正直に言え!!やったと言え!!」

自白させようと脅迫する刑事みたいな。



そりゃ自我ちゃん怒るわなぁ。

自我は何も知らないもんね。


まぁでもその問いかけによって怒りが放出し、エネルギーが消費されて、
自我が門番していたものがなくなり、
蓋が開いたようだった。








「愚痴る人」と認定してその役を自分が作り上げたんだって気づいた日、
その人から愚痴を一切聞かなかった。


「結婚できない」という思いを握りしめたまま、望む未来へ意識を向けようとしていたことにも気がついた。

願望って、思いが強ければ強いほど、
「今はない」という思いも強まる。

パラドックスの世界だから。

引き寄せとか自分のあり方において、
意識の焦点や今この瞬間をすでに願望が手に入ったかのようにして過ごすとか、
すでにもうあるかのようにするってよく聞くけど、

それやってるとだんだんイライラしてくるんだよね(笑)

こんなに思っても手に入らないじゃん!!って。

私の現実は何も変わらないじゃん!!何でよ!!って。

そして「ない」という感覚に飲み込まれて溺れる。

この繰り返し。苦しい。

このカラクリにやっと気がついた。



そもそも握りしめているものがあるのに、
別のものをつかもうとしても掴めない。

両手にコップ持ってるのに、ケーキのお皿取れないよね。

まずはコップを手放さないと。



例えば「結婚したい」って気持ちがあって、
それは今独身だから結婚したいわけよね。

さらっとそうだ、結婚しようって思える人は
結婚できるって自分のことを思てる。

その反対に「結婚したいのにできない」って感覚で結婚したいって言ってる人は
まず「結婚できない」って思いを握りしめている。


そうか、私は結婚できないを握りしめているんだなぁ。
自分は結婚できない。
そうかぁーってこの感覚を感じて解放するように、もうこの思いはいらないよーって
自分の身体から出て行くかのようなイメージをして、ありがとう、さよーならって見送っていたんだよね。

歩きながらとか家でとかイメージの中で。




そしたら、

デートに誘われました!!



私はデートだと思っているんだけど(笑)
全然全く連絡取ってなくて、
もう連絡来なそうだなぁって思ってた人から
お誘いをいただきました!!


しかもしかも、
この握りしめているんだなぁってこのカラクリに気づいたその日に。


これは単なる偶然でしょうか?!

それとも人生のセオリーなのか。

人生のセオリーならば、何かもしかして願望実現って簡単なのかもしれない!
なんて思い始めています!!


実験を積んでいこうと思います。