自分を幸せにしたい。

あんなことやこんなことを
自分の人生にもたらしてあげたい。

夢や叶えたいことを叶えてあげたい。

喜びあふれる人生を過ごしたい。


それには
今までの生き方を変える必要がある。


それは
やっぱり

意識の焦点

に意識し気がつき続けること。


時々、ものすごい不安と絶望を感じて、
生きてることに意味があるのかと考え始めてしまう時がある。

私は、ただ生きたいのではない。
喜びいっぱいで生きたいのだ。


あんなことやこんなことがしたい。

それは喜びあふれる時間が過ごせるから。


でも…現実は何もない。

この先の保証も何もない。

生きていけるのかわからない。


そんな渦に飲み込まれる。


そんな時は座禅を組み、目を閉じて。

ゆっくり鼻で深呼吸。

心臓の鼓動、ハートを意識を集中して。

不安でいっぱいの、恐れでいっぱいの自分の感覚を感じる。

心臓の鼓動を感じていると、

私がどんなに酷い言葉を投げつけたとしても、

心臓、身体や細胞は、動きを止めることなく動き続けてくれる。

命は私を選んで生きてくれている。


それを感じた時に

「幸せにできなくてごめんなさい」って言葉が出てきた。


臆病で、引っ込み思案で、慎重で、怖がりで。
傷つきやすくて、繊細で、敏感で。

命を活かしきれずにごめんなさいって。

私を活かしてくれる命に応えられなくてごめんなさいって。

涙が出てきた。

鼻で呼吸をしながら、恐れをじーっと感じていると

スーッと落ち着いてくる。

スーッと落ち着いてきたときに、

とある本をパッと開いたらこのページだった。






「望まない何かに焦点を定めているとき、

あるいは望む何かが欠如していることに焦点を定めているとき、

喜びは感じない。」


(「引き寄せの法則。エイブラハムとの対話」より)



まさに今この瞬間の私だ。

私に対するメッセージをもらった。


過去の今までの私と、
新しい自分の使い方へ向かっているわたし。


この相反するものたちが
私の中で一進一退を続けている。


今までは望まない現実に嘆き、時には怒りで自分を動かしてきた。

これからは望むことを見続けて、喜びで自分を動かす。


今までの自分の使い方を、

「意識の焦点」

を変えていく。

望まない現実に目を向けて、絶望感に苛まれたときは、

その感覚を感じて、

エネルギーを解放する。

それから、望むことへと意識を向けていく。



本当に一進一退。

それでも本気で自分の望む人生へとシフトさせていきたいのなら、

過去の生き方から、新しい生き方へシフトさせていく必要がある。


完全に一気に総入れ替えをしようとしても難しいけれど、

一つ一つ。

オセロの駒のように。

そうしていくといつか一気に裏返る。

恐れに負けない。

それは恐れをなかったことにするのではなく、

そう感じている自分を受け入れて感じ切る。


わたしは必ず私の望む現実を、人生を生きる。