幼い頃から身近な人同士のコミュニケーションが
どうも噛み合ってなかったり、
満たしたいこと、大事にしたいことを表現するのではなくて、
不満や指摘ばかりを表現していた場合、
それを見ていると、とても不安になる。
満たされない人は怒っていたり、
黙っている人も怒りをためていることを
肌で感じているから。
幼い頃は何もわかってないようで
肌で感じていることはものすごく敏感。
少しずつ成長するも
その怒りをどうにか消火しようとして
自分が相手に与える側になってゆく。
相手の期待に応えていくこともその一つかもしれない。
そうなると、今度は自分の満たされない気持ちも
上手に表現することを知らないし、
人から満たしてもらわないと自分も満たせないと感じたり、
与えてる分、他から与えてもらわないと不公平に感じたり。
奪い合いの世界になってしまう。
でもこれは本当に無意識だし、コミュニケーションの方法なんて無自覚だし。
そもそも自分の願いは叶わないとか、言うことは聴いてもらえないとか
そんな思いがあればなおさら表現することを間違えてしまう。
それでも一つずつ自分の気持ちを感じて、
本当に大切なことは何かに気づくと、
それを一つ一つ表現して伝えようと動く勇気がわいてくる。
そして行動したことは何かがうまくいったいかないではなくて、
「言えた」「伝えた」ことが自信になる。
何より、自分が自分にわかってもらえた喜びと、
自分のために行動してくれた喜びで満たされる。
涙が出るくらいそれが嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
そうなってくると、出来事に対して
先回りする必要がなくなってくる。
「こうなったらどうしよう」
それはこれが起きたら自分は不快だし、何もできないと思ってるから。
だからこれが起こらないように尽力を尽くそうとする。
でも、自分の気持ちに繋がって、自分のための行動ができてくると、
起きても何かしら対処ができるから。
ごめんなさいと断ることもできるし、誰かの力が必要な時は助けてと言える。
自分の気持ちと繋がることは
コミュニケーションにおいても恐い気持ちが減って、
無敵になっていくような気がする。
その時に感じればいいし、その時に考えたらいいんだもんね。
これがある意味、委ねる生き方にもなるのかもしれないね。
