テレビのニュースで

金銭問題で相手の人を殺したとかそんなニュースをみて

とっても不思議でたまらなかった。

その人がこの世からいなくなったら

問題は解決するのだろうか。

後のことは何も考えないのだろうかと。


ただ目の前の不快な出来事をなくそうと、

不快な出来事をなくすことが

快適なのだと思っているんだなぁって。


というか、そうすることしか知らないし、
そうすることで生きてきたんだろうなって。


世の中がそんな感じであり、

それを象徴する出来事の一つなんだよね。



人間の思考は
とても短略的に考えるシステムらしい。

不快の原因を分析し探すことで
その原因を取り除けば快適な生活を送れると思ってしまうよう。

だから

「なんでなんだろう?どうしてなんだろう?」

そんなふうに原因を分析し始める。

「あいつが悪い」か「私が悪い」という

そんな着地点であって、

そもそもが「悪い」というところから始まるから、

それをどうにかしようとすることは

とても苦しい道のりとなってしまう。



人間は不快な出来事、

不快を感じる出来事さえなければ

快適なのだと思っているようだけど、

そんな快適な世界はたぶん一生こないだろう。


この世には同じ人はひとりとしていなくて、

色んな価値観や感覚を持っていて、

それを自分の思い通りに動かそうとするには

相当な労力がいるし、

そんなこと一生かけても無理なんだと思う。



じゃあ、何をしたらいいかといえば、

そこで感じてる不快感を

感じ切るという世界へ勇気を出して

入ってきてほしい。



このニュースの人が

もしその問題が起きた時に

この不快感を感じて

命に繋がっていたら

こんな結果にはなっていないだろう。


この感じたくない不快感は

もしかしたら、

「惨めさ」だったかもしれない。

惨めさを感じたくなくて

目の前の不快な出来事を取り除こうとしたのかもしれない。

それは幼い頃に感じたことのある痛みかもしれない。

この感覚を一生感じたくない。

そう思って必死で生きてきたのかもしれない。


でもね、その痛みは

感じてみたら本当は5分、10分くらいで終わるんだよ。

そしてそこには世の中や自分自身に対して
思ってしまった思い込があったりで。

それすらも全て溶かされて、
ありのままの自分に戻ってこれる。


幼い頃に感じたら倒れてしまいそうな
この家族の中で、世の中では生きていけないと

そう思ったその感情を、

扱い方を私たちは習っていない。


その感情の扱い方、感じ方、

命からのメッセージの受け取り方を

ただ知らないだけなんだ。



だから感じることが怖くて、

得体の知れないものだから、

そのうえ、

胸が痛くて、潰れそうで、不快で。

必死にそこに触らずに

強くなろうとすることで生きてきた。


きっと頭で一生懸命生きてきた人は

ひとりぼっちで、

いつも守りたい何かのために、

自分の感情を抑圧しながら生きてきたんじゃなかろうか。



感じる世界が広がっていくと、

ひとりじゃないことに気づく。

そしてそれはものすごい味方なんだ。


なによりも誰よりも

ものすっごい力をくれる存在が

そこにいる。


私も人生の前半を

頭だけで生きてきた。

感じることを抑圧し、切り離して

「ここならこうするべき」

「ここは普通こうでしょう」

っと外側の軸で生きてきた。


そして気づくと自分の中身はからっぽで、

自分というものがなく、

社会の期待に応える人生を歩んできた。

そうすることで適合し、

自分の身を守ってきたのだ。

自分を無視し続ける生き方だったから

とても苦しかった。


そこから感じる世界に導かれ、

人生の前半で失ってきた世界を知り、

人生の後半から創り出したい未来が見えてきた。



まだ自分のために学び中。

自分の学びは一生終わることはないだろうけど、

アウトプットできるように

自分の人生にインプットしている。



だから

生きづらさを感じてる人がいるのなら、

まだ諦めないでいてほしい。



命は今もあなたを生きている。

あなたを生かそうと生きている。


あなたがあなたの命に繋がるお手伝いができるよう

ただ今人体実験中です。