地球歌の日事務局のブログ

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みんなの力で拡げよう「地球歌の日」
~平和な地球と、美しい地球環境を願って~

「地球歌の日」とは?

~平和の歌声で地球を結び、世界の心を1つに~

歌手・菅原やすのりは8月8日を国境や人種を越えて、歌の輪で世界を結ぶ「地球歌の日」にしようとこれまで約40年間、世界中に呼びかけてきました。

始まりは1971年に初めて彼が、日比谷公園で開いたパークインコンサート。
そこでのコンサートが、世界中に「地球歌の日」を拡げていく彼の長い旅の始まりだったのです。
次第に増えていく賛同者の下、

1981年 NY国連本部でのコンサート
1984年 ミクロネシア連邦での歌の日コンサートの開催
1988年 富士山頂での歌の日コンサートの開催
1994年 NYエンパイヤーステートビルでの歌の日コンサートの開催など


毎年8月8日前後に地球歌の日を途切れず、世界各地での開催を続けてきました。

そして、2012年8月5日、東京都大田区の平和の森公園で、大田区の後援、住友林業の協賛の下、新たな「第一回 地球歌の日」が今、始まろうとしています。

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歌で人々の心を結んで、戦争のない明るく平和な世界と美しい地球環境を…。
その祈りを込めて世界80カ国を超える国々で歌い続けてきました。
今、人類は地球という星野運命共同体であるという事に気付き始めていますが、中近東、アフリカをはじめ世界各地で民族、宗教、イデオロギーの対立や戦いが激化しています。
世界で唯一の被爆国・日本から世界へ、歌で平和の発信を伝えてゆく。
それが「8・8 地球歌の日」です。

私は大学で建築を学び、さらに都市計画の博士課程で環境工学を研究しましたが、
これからの社会では、家庭、地域、国家、世界のいずれでも人間同士のコミュニケーションと信頼関係の構築が重要である事を痛感しました。
幸い、妻の明子も人間の健康と環境を研究する保険学博士として、40年間に亘り、科学と食育の知恵を発信し、子供から大人の健康をサポートし続けてくれています。

私たち夫婦は3人の愛する子供たちと共に、カンボジアやアフリカ難民キャンプ慰問コンサート、楽器のプレゼント等、家族と草の根市民の協力で活動を続けていきました。
そんな日々の中で、国境や人種、宗教やイデオロギーを越えて、世界中の人々の心をつなぐ糸が歌であり、音楽であることを痛感しています。
8月6日広島、9日長崎。
世界唯一の被爆国日本からの発信で、世界中の人々がともに歌い合う「8・8 地球歌の日」。
08年、記念日として正式に認定されましたが、さらに近年の国際的なインターネットの急速な発展により、その本格的展開が可能になってきました。
これからも歌で地球を結び、この活動を次世代につなげる土俵作りの為に力強いご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。


3月11日の未曽有の大震災によって被災された皆さまは、言葉では言い表せない大きな悲しみを抱えたまま、今も不便な生活を強いられていることと思います。しかしあの瞬間から、日本の国内からはもとより、世界中から、日本赤十字社にはたくさんのお見舞い、激励、援助の申し入れが殺到しました。我々は決して一人だけで、日本一国だけで生きているのではないことを実感し、それを励みに救援や復興に全力を尽くしてきました。
今、日本人一人ひとりが、被災地のために自分たちにできることを考え、実行しています。すがわらやすのりさんの「歌声キャラバン」もその一つであり、歌声のパワーが、南三陸町の皆さまの復興の糧となることを願っております。

日本赤十字社 社長 近衛 忠煇


南三陸町の皆様この度の東日本大震災以降、私自身改めて歌の力の大きさを感じております。私にできますことはささやかかもしれませんが、歌を歌い、伝え続けること。被災地の皆様が、この「8.8地球歌の日」で明日への一歩を感じていただけますよう、これからも日々、心を尽くして歌って参ります。


4月11日、冷たい雨が降りしきる、南三陸町の高台から皆様の大切な町を目のあたりにした時、ただただ胸が苦しくなる悲しみにつつまれました。たいへんな中、志津川中学校に避難されていた皆様に、とても親切にして頂き心から感謝しております。皆様に寄り添い、一日も早い復興のために、私達もしっかりと報道していきます。どうかご身体を


時間はかかると思いますが、絶対に復旧、復興は可能です。「前向きに元気で」復興の日が来るまで応援したいと思っています。すがはら様の歌声が南三陸町の皆様更なる元気の源となる事と心よりお祈り申し上げます。東北から元気を!南三陸町から平和を!全世界に2の声が届かん事をこのイベントを通じて願っております。
大塚 和雄