「エンド・オブ・ザ・ワールド」より | シオン ~ボチボチと「い」(行)(生)きましょう~

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LINE BLOGがサービスを終了する…ということで、4月からになりますが、再びこちらで書き込みを再開しようかな?と思ってます。

ここ最近書き込みができていないので、申し訳ないんですが…f(^_^;。

ま、ボチボチとやっていきますんで、今後ともどうぞよろしくです。


「神よ、おられますか。

我々の願いは一つです。

『この死に意味があること』

そして―

全ての人の生きた『生』が

ムダではなかったこと



それだけです。」










シオンです。

こんな時間に書き込んで、誰が読むのかしら…と疑問はありますが…勘弁して下さいf^_^;m(_ _)m。





「エンド・オブ・ザ・ワールド」




あらすじを言う前に…


この映画は「核戦争が『終わった』あと」の「世界の姿」と「そこに住む人」の物語です。




中国とアメリカとの間で核戦争が「起こった」。

その結果、北半球の環境は放射能汚染により生物は皆、死に絶えた。

南半球で生きている者も、次第に迫り来る放射能の恐怖により混乱し、無秩序状態に。


そんな中、死に絶えたはずの北半球の「在る地域」から、定期的にメールが届く。


人間が生きているのか?


なぜ「死に絶えたはずの地」からメールが来るのか?


放射能が薄れてきているのか?

人間は絶滅せずに生きていけるのか…?



「メール」は人類を「救済」へと導くのか…







この映画、はっきり言って「救い」がありません。

死に絶えたはずの地から「メール」というたった一つの「望み」を糧に、最後の最後まで「生きる」事を望む人々…



ことごとく、その望みは断ち切られます。



物語終盤、主人公の一人、海軍(?)の上官は、跪き「神」に祈る。


冒頭の言葉は、その時のものです。








戦争ってのは、自分の方にも相手の方にも、それを起こすに足りる「能書き」がある。

「力」とか「威信」とか…国の「見栄」(みたいなもの)だと思う。



でも、そこには「正しいもの」はないと思う。

お偉いさん方は、言葉巧みに「それ」を正当化させていく。


1000歩譲って正しいものであったとしても、そこで起こる「悲劇」の主役は、その地で生きる「ただの人」。


「自由のために」

「正義のために」


その言葉に命を奪われるのは弱者。


…それが人類の歴史である


と言われちゃあ元も子もない。




一緒に観ていた妹がポツリと言った。

「結局、人間の辿る道ってこんなもんかなぁ…」



こんなもんであってたまるかよ。





機会があったら是非観てみて下さい。


結構気持ちが折れそうになるかも知れませんが、それでもそこから「何か」が見えてくるはずです。


では、また。





乱文、申し訳ありませんm(__)m。