新入社員の頃、挨拶を兼ねて自己紹介をする機会が多かった。自分で言うのもなんだが、その初々しさとエネルギーはすさまじいものがあり、二度と戻って来ることのない懐かしい記憶である。新入社員が「一生懸命がんばります。よろしくお願いします」と頭を下げれば、周りは温かく頷いてくれたものだ。春はほのぼのして良い季節であるが、社内にも春の雰囲気が漂う。

様々な部署で自己紹介を繰り返すうちに、だんだん人前で話すことに慣れてきた。それまでは、セリフを暗記してその通りに話していたが、緊張がほぐれてきたのだろう、アドリブを効かせることができるようになった。そんな中、何となくの流れで最後のセリフがこうなった。

「できる限りがんばります。よろしくお願いします。」

あまり深く考えたセリフではなかったが、お辞儀をして頭を上げた時に、管理職の男性上司からこんな言葉が返ってきた。

「できる限りってなんだ。

限界をつくって仕事をしようと思わないことだ。」

ショックだった。これが会社であり、社会人の洗礼なのかと目が覚めた。もっとも、心の内では冷や水を浴びせられたような気分だった。

 

―「限界をつくるな」と言う人。10年以上経った今、ごもっともと思う反面、揚げ足を取るようなことを言わなくてもという思いもある。私は最近、転職して自己紹介をする場面があり、そのことを改めて思い出したのだ。さて、どうするか。失敗を学習しなければ人は成長しない。

そこで使った言葉は、

「毎日、できることを増やしていきます。」

職場の方から笑顔と拍手で迎えていただき、何よりである。10年前の失敗が役に立った、あたたかい冬の日だった。