ファッション雑誌の源流
写真も映像もない時代、「ファッション・プレート」(ファッションイラストの版画)は、最新の流行を伝える有力メディアだった。練馬区立美術館(東京都練馬区)で開催中の仏文学者、鹿島茂・明大教授(63)の古書コレクション展第3弾「モダン・パリの装い」は、ファッション・プレートに焦点を当てたユニークな企画展。モード画の面白さとともに、今日のファッション誌の源流を知る好機といえそうだ。(黒沢綾子)
模倣されてこそ
モード・ジャーナリズムの萌芽(ほうが)は仏王妃、マリー・アントワネットの宮廷にあったとされる。王妃が“私のモード大臣”と呼び寵愛(ちょうあい)した服飾商ローズ・ベルタンは、定期刊行された彩色版画を通じて“アントワネット様式”を国内外に発信。鹿島教授は「ベルタンこそ『模倣されることで利益を得る』資本主義的クリエイターの第1号」とみる。
しかし、芸術性の高いファッション・プレートの登場は、仏革命の後まで待たなければならない。版画の場合は名プロデューサー、イラストレーター、彫り師や刷り師といった職人がそろって初めて傑作が生まれる。最初の舞台は1797年創刊の『ジュルナル・デ・ダム・エ・デ・モード(貴婦人とモードの新聞)』。修道会出身の異色ジャーナリスト、ピエール・ド・ラ・メザンジェールのもと、画家のオラース・ヴェルネ、イラストレーターのルイ=マリ・ランテが活躍した。
街角スナップも
当初、ラ・メザンジェールが流行の発信源としたのは、革命で王侯貴族の顧客を失ったモード関係者と、パリのおしゃれスポットに出没する着飾った男女だった。センスの良い一般人を紹介するファッション誌の定番企画“街角スナップ”は、既にこの時代からあったのだ。そして、ヴェルネやランテが描く「パリ・モード」を模倣したのは、主に地方の上流階級や富裕層だったという。
面白いことに、なぜか女中や小間使いといった働く女性の服装や、地方の伝統衣装のファッション・プレートも残っている。「風俗史料としてではなく、ユニークな装いを楽しむ仮装舞踏会のための参考用だろう」と鹿島教授。
1829年には、敏腕発行人のエミール・ド・ジラルダンが『ラ・モード』を創刊。愛らしい少女を描くイラストレーター、ガヴァルニが一瞬、華々しく活躍するものの、モードとモード画はその後、長い低迷期に入った。
再び輝きを取り戻すのは20世紀のアール・デコの時代。コルセットのないドレスを打ち出し、20世紀モードの方向性を決定づけたデザイナー、ポール・ポワレの登場による。彼は若き挿絵画家、ジョルジュ・ルパップに最新コレクションを見た「印象」を描くよう依頼した。
美的価値を再評価
服装を細部まで伝える、従来のカタログ的なファッション・プレートから一変し、ルパップの作品は大胆なデフォルメあり、省略ありでずいぶんモダンだ。出版界も目を付け、1912年に創刊された『モード・エ・マニエール・ドージュルデュイ(今日のモードと着こなし)』など数誌を舞台に、ルパップやシャルル・マルタン、アンドレ・マルティら個性あるイラストレーターが表現を競い合った。発色が今でも鮮やかなのは、日本の高級紙を使ったからだという。
既に写真は存在したが、「まだモード写真としての“文法”が確立されておらず、版画に一日の長があった時代」(鹿島教授),エルメス 小物。しかし、手間と費用のかかるファッション・プレートは29年の大恐慌を境に姿を消し、再評価が始まったのはこの20、30年のことらしい。長年収集してきた鹿島教授は「ファッション・プレートは正統の美術史には浮上してこないものだが、美的なアートとしてなかなかすごいものだと思う」と話している。
9月8日まで。月休。一般500円。問い合わせは(電)03・3577・1821。