憂鬱な東京五輪、開催強行こそ不要不急 | ブロッコリーな日々

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アイドルマート下花店店長の落書き

4月26日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の武藤敏郎事務総長が、日本看護協会に500人の看護師確保を依頼した。

五輪だけでも選手、関係者を含む“参加者”は1万人以上と言われるのだ。

観戦者について言えば、競技によっては入場制限が設けられ、一部競技では無観客試合もありそうだが、それでも医療関係者の不在はあり得ない。急いで駆けつける場面は多々生じることは容易に想像できる。

 

報道関係者も世界中から数千〜1万人が訪れると予想されるのだ。

武藤事務総長の看護師確保の要請が表面化したちょうどその日、26日には日本のコロナ死者は1万人を超えた。

そして今、危機的状況を抱えたままの人々を始め、多くのコロナ患者が苦しんでいる。

 

既に病床が逼迫し、医療崩壊が現実になりつつある大阪(近畿圏)の現状が、いつ東京(首都圏)に飛び火してもおかしくない。

既に医師不足、看護師不足が社会問題化しているのが現状である。

 

かつてオリンピックは、4年に1度訪れる「平和の祭典」であった。残念ながら今回はそうではない。オリンピック史上初めて無観客で開かれる可能性が高い。変異種コロナが猛威を振るい出し、いっこうに先が見えない。

東京オリンピックは「日本人がコロナに打ち勝った証し」と、菅総理はあくまで開催する言い切っている。

 

バッハ会長は精神論をぶち上げている。いわく、「日本の社会は連帯感をもってしなやかに対応している。大きな称賛をもっている。精神的な粘り強さ。へこたれない精神をもっている。それは歴史が証明している。逆境を乗り越えてきている。五輪も乗り越えることが可能だ。献身的な努力で未曽有のチャレンジをしている」と呼びかけ、「リスクを最小化し、日本国民に安心してもらえる五輪になる」と強調したという。

 

この非常時に五輪の開催を強行しても、国民の理解をどれほど得られるのだろう。東京オリンピックは、今や「不要不急」のものになったのではないだろうか。日本人の精神力で乗り切れるものではない。

 

日本には真のリーダーがいない。強権発動すべきとは思わないが、今注力すべきは東京五輪ではない。

パンデミックの鎮圧である。いまさら東京五輪を中止できないのも理解できるが、ここは強権発動してもらいたい。