広島で被爆した原民喜の短編小説--「夏の花」
あなたは、読んだことがありますか。
最も美しい"散文"と評価されています。
私は街に出て花を買ふと、妻の墓を訪れようと思つた。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あつた。
八月十五日は妻にとつて初盆にあたるのだが、それまでこのふるさとの街が無事かどうかは疑はしかつた。
恰度、休電日ではあつたが、朝から花をもつて街を歩いてゐる男は、私のほかに見あたらなかつた。
その花は何といふ名称なのか知らないが、黄色の小瓣の可憐な野趣を帯び、いかにも夏の花らしかつた。
炎天に曝されてゐる墓石に水を打ち、その花を二つに分けて左右の花たてに差すと、墓のおもてが何となく清々しくなつたやうで、私はしばらく花と石に視入つた。この墓の下には妻ばかりか、父母の骨も納まつてゐるのだつた。
持つて来た線香にマツチをつけ、黙礼を済ますと私はかたはらの井戸で水を呑んだ。
それから、饒津公園の方を廻つて家に戻つたのであるが、その日も、その翌日も、私のポケツトは線香の匂がしみこんでゐた。原子爆弾に襲はれたのは、その翌々日のことであつた。
なお、作品の途中にカタカナで表記された詩があるのだが、この詩がなんとも云えないほどもの哀しい。
作者「原民喜」は、1951年鉄道に身を横たえて自殺した。。
何かに行き詰まった時には、"被爆小説"を読んでみることをおススメする。
今の自分の悩みなど、悩みのうちに入らない、と心底思うはずだ。。