徹底解明されたのか未だに疑問が残っているのが、1985年8月12日の日航機御巣鷹山墜落事故である。
乗員・乗客合わせて520名が犠牲となってしまった。
生存者はわずか4名である。墜落地点を自衛隊が特定するまで、およそ10時間後であった。
墜落直後には、多くの乗客が生きていたとする証言もある。
それに在日米軍の輸送機が現場を発見していた。
しかも、米軍では救出ヘリが乗り出そうとしていたが、そのヘリに救出命令は出されなかったらしい。
さらにその後の「事故調査報告書」に矛盾点があることが判明している。今も謎が残っている。
生存者救出が開始され、世間の関心は「坂本九」さんの遺体が容易に見つからなかったことにあった。
「九ちゃんはどこへ?」の見出しが紙面を踊った。
世界的に知られていた坂本九さん
今思い出しても目頭が熱くなってくる。
その「坂本九」さんの遺族は、ミニコンサートを開いて、亡き九ちゃんを偲んでいるそうだ。