看護師佐藤利実です
仕事柄、交通事故の悲惨さを身をもって痛感することが何度もありました
特に救急外来で働いていたときのことは忘れられません
山口達也さん、よく聞いてください
禁酒できなかったのですね?
でしたら、バイクも車もすぐに処分するべきです
あなたがいくらお酒を飲もうと、スピードのでる鉄の塊にさえ乗らなければ、人命にかかわらないでしょう?
私も車に乗ります、年子の姉妹が生まれるまでは普通免許の必要性をまったく感じていませんでした
しかし、熱を出したときなど0才と、1才児を連れて近所の小児クリニックに行くのがものすごく大変で、、
雨なんか降ったらもう最悪で!
必要性に迫られて、下の子が託児室で預かってもらえる1歳になってすぐに、私は普通免許を取得すべく、横浜自動車学校に通い始めました
免許を手に入れたら、もう便利で便利で、今までどうしてどこ行くにも徒歩か自転車だったんだろう?
子供と、一緒に買い物にも行けるし、ちょっと遠くの公園にも行ける、気に入らない徒歩圏の幼稚園ではなく、行かせたい遠方の幼稚園にもこれで通えるし、何より怪我や、熱の時に誰かに頼らず、医者に連れていけるっていう安心感はとても大きかったですね〜
そして、割と私、運転が上手いらしく(夫談)ドライブも自分で運転するのが好きってこともわかりました
帰省や旅行も専ら車になりました
VIVA
車生活
看護師時代、あんなに車だけは運転すまい、被害者も家族も加害者もその家族も、こんなにも悲しい人生に、それも一瞬でしてしまう交通事故
私は一生車の免許は取るまい、もし取る必要が生じたら、
ウマに乗ろう!
オーストリアウィーンでは今でも馬車が闊歩しているというではないか
日本だって、そうなればよい、落馬事故もあるけれど、交通事故の悲惨さに比べればマシだ
なーんて思っていたことなんてすっかり忘れて、カーライフを謳歌し始めた私
そんなとき、起こってしまったのです
風見しんごさんの娘さんの交通事故が!娘さんに非は全くなし、享年10才
葬儀の様子が外から中継されていました
風見しんごさんの弔辞の声もマイクで拾われて放送されたので、覚えている方も多いのではないでしょうか?
風見しんごさんはいつもの明るい元気な声からは想像もできない、たぶん泣きながら、震える小さな声での弔辞でした
全部は覚えてないけれど、私の心に残った部分をご紹介します
今でも涙が出てくる言葉です
・・・・事故があったと聞いて見に行ったら、笑満の身体はトラックの下になっていました・・・
・・・救急車が来るまで何度も持ち上げたけど、トラックはびくとも動きませんでした
・・・でも笑満は強い子で、病院の救急室で三回も心臓を動かしてくれたんです・・動かしてくれたんです・・・
・・どうか皆さん、ハンドルを握るとき、アクセルをふかすとき、少しでいい、笑満のことを思いだしてやってください
あれから、たぶん12年くらい経ったのでしょうか?
最近はコロナのため電車ではなく、車での移動が増えた佐藤ですが、
ハンドル握ったとき、思い出してます
笑満ちゃんのこと