金与正北朝鮮労働党第1副部長は、ハトかタカか?

 

 北朝鮮の金正恩労働党委員長非難のビラを韓国の脱北者団体が北に向けて大量に散布したことに、金委員長の実妹、金与正党第1副部長が激怒して、南北協力は終わりだとし、南北通信ラインの遮断、開城の南北共同連絡事務所の爆破、さらには軍事境界線での軍事演習再開など、対南軍事行動を予告、「平和の使者」から「爆破女」に変身、いわば、ハトからタカに変わったと韓国内のマスコミは驚き、落胆した。対南強硬発言、行動をとる金与正第1副部長の登場は、二つの意味がある。

 一つは金委員長の健康不安、有事に備え、「白頭の血統」を受け継ぐ次期後継者体制の予行演習的な側面。二つ目は、韓国文在寅大統領をはじめ文政権高官らに、そのソフトなイメージにとても受けが良かった金与正をして「悪役」を演じさせたという側面がある。決して彼女自身が変身したわけではない。

 北朝鮮の金王朝=首領絶対主義独裁体制は、金日成主義の下、神聖化されたトップ指導者の存在がすべてを決定する独特の全体主義国家である。金委員長が万一、倒れた場合、「白頭の血統」でなければ、政権維持ができないという弱点を持つ。党よりも軍部が国家の実権を握る先軍体制において、軍歴のない女に国のトップは任せられない。だが、「白頭の血統」以外の人物では、国家が持ちそうにないという判断。そこで、今から、金委員長のお墨付きで軍にも指示できる権威付けを与えたわけである。北朝鮮の元イギリス駐在大使館公使であった脱北者、太永浩氏は金委員長有事の際、金与正後継体制でしばらくは国家が維持できるだろうと評価した。だが、何せ金与正は若く、経験もないことから、長くはもたないと見通した。すると、金委員長有事の時は、北朝鮮が混乱し、大量の難民が中国、韓国、日本に流れ込む可能性が高い。4月の最高人民会議欠席、祖父金日成誕生日太陽宮殿参拝欠席など20日間の不在に、「重体説」「死亡説」が流れ、世界が大騒ぎしたのも無理がない。5月1日、順川肥料工場俊工式に姿を見せたものの、決して健康そうには見えず、健康不安は当分消えそうにもない。となると、「ポスト金正恩」をめぐって中枢権力内の軋轢が生じ、3代続いた金世襲王朝体制も最後の時を迎えるかもしれない。

 だが、金委員長が心臓病、糖尿病などの持病を抱えていても、必ずしも早死にするとは限らない。新型コロナウイルスと制裁継続の中、経済苦境はどうしようもなく、国民の怨嗟の声ばかりが届く。ここで、人民の生活向上こそが社会主義国家の最大の目標と説く金委員長のことだから、起死回生の一手として、再び平和攻勢に打って出るかもしれない。妹に悪役を任せ、自らは、正義の主役をやりたいのだ。時間はあまりない。11月の米国大統領選挙では、トランプが危ない。2017年国連総会演説で、北朝鮮政権転覆を唱えたトランプに対し、金委員長は特別声明を出し、トランプをおいぼれの無頼漢と非難し、特大の軍事挑発を予告したが、翌年にはトランプにラブコールを送り、米朝友好関係を目指した。だが、金委員長に非核化意志がないと悟ったトランプはオバマをまねして「戦略的忍耐」政策を採用し、制裁解除にはだんまりを決め込んでいる。いざの時には先制軍事攻撃も辞さない構えである。さて、どうするか?段階的にも制裁解除を勝ち取るためには、非核化の具体的措置を取らなければならない。強硬派軍部勢力を抑えて、電撃的に再びトランプと手を握るか。さもなくば、SLBM 発射実験など新たな核軍拡の脅しをかけることで、トランプの譲歩を引き出すか。トランプのような気まぐれ男でなければ、金委員長の駆け引きをまともに受け止める米国政治家はいない。まさに金委員長にとって正念場だ。