自虐史観について、なんとなく興味が沸いたので、

ツイッターでケント・ギルバートさんのツィートを見てみました。

 

そうしたら、こんな内容のことが書いてありました。

 

 

 

GHQが日本人に自虐史観を植え付けた占領政策

「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」は歴史的事実です。

デマや陰謀論だと思っている人は一次資料を読んで下さい。

なぜ産経以外のメディアはWGIPを未だに報じないのかな?

 

 

自虐史観というのは、皆さん聞いたことがありますでしょうか。

 

「あの戦争は、日本が悪かったんだ・日本はまちがっていたんだ」

「日本は、世界中の人々に悪いことをしてしまったんだ」

 

という反省の目で、自虐的に日本の近代史を観る、ということです。

(ちなみにドイツは戦後ずっと自虐史観を貫いて誠実に謝罪してますよね)

 

ケントさんによると、戦後の日本の平和教育は、

日本が二度と戦争をしないようにするために

GHQが反省色でいっぱいの洗脳をすることだったのだ、というのです。

 

氏がリンクを張っているドロップボックスには、

その「一次資料」となる書類が多数格納されています。

 

 

ケントさんはみんながこのことを「陰謀と思ってるのかな?」と指摘していますが、

私は、そもそも、この手のことを「陰謀」などと思っていません。

 

当たり前の「作戦」です。

 

陰謀論とか陰謀説という言い方は、実は絶対に存在しているはずの

「作戦」を覆い隠す役割を果たしているんですよね。

この世に陰謀がなかったら、2・26事件も5・15事件も存在しません。

 

昔の人は陰謀をやって、今はない、とでも?

人が自分の有利に働くように状況を操作することを陰謀と言うなら、

企業の広告戦略なども、すべて陰謀ですね。

 

もう一度言いますが、「陰謀」という言葉は、

普通に存在している「作戦」を隠すために使われる目眩しです。

人間の歴史は陰謀の歴史であり、

政争はすべて陰謀と陰謀がぶつかり合うものです。

 

それは、人間に「感情」が生まれてからずっと、

必然的に存在している現実だと考えなければいけないでしょう。

 

さて、話をWGIPに戻しましょう。

 

戦争が終わって、GHQは勝ったのですから、

負けた国に対して有利になるように考えるのは、当たり前のことです。

戦争はスポーツではないのですから。

 

「だから、いいのだ」という意味ではないですよ。

 

そういう発想は、どこにでもあって当たり前だ、と言っているのです。

 

戦後の日本人を扱いやすい無思考な人間にするために、

トルーマン大統領がかかげた「3S(Sex Sports Screen)政策」なんて、

今でも自民党がまんま継続しているし、その効果が、

この日本人の政治嫌いに覿面(てきめん)に出ています。

 

3S政策」があって当たり前なのですから、

自虐史観の植え付けプログラム「WGIP」が存在してるのなんて、

当たり前だと思うんですよ。

 

で、私がケントさんに言いたいのは、

我々は別に、GHQ(つまりアメリカ)による洗脳のせいで

今があるのではない、と言うことなのです。

(もちろん、影響が皆無ではないでしょうが)

 

ごめんなさい。もう少し、私たちは内面的に誇り高いです。
 

例えば、日本国憲法を押し付けられたと言いますが、

何も読まずに、ただ従っていると思いますか?

私は、その内容を読んで、納得して、自分の意志で選びとっています。

 

今ここに、平和憲法と明治憲法があったなら、

誰が作ったのかに関わらず、私は平和憲法を選びます。

 

それは洗脳ではないのです。

 

ケントさんは何故か、

あの戦争での日本は悪くない、と言います。

 

まぁ、そうなのかも知れません。

 

しかし、ひとつ説明がつかないのは、

あの頃の日本を「正しい」としていることなのです。

 

「天皇陛下、万歳」は正しい?

神風特攻隊は正しい?

人間魚雷、回天は正しい?

沖縄戦は?

一億総玉砕という考えかたは?

 

私は、「日本は何かをまちがえていた」と断言します。

まちがえを認められない人は、同じまちがえを何度でも犯します。

 

 

戦争そのものが避けられなかったかどうか、と、

どんな価値観で、どんな戦い方をするのか、は別のことです。

 

もしケントさんが、日本人の中に古き良き武士道精神などを見出して、

そこを評価してくださるのであれば、いまいちど、日本の歴史を知って欲しいのですよね。

 

私がここに書いた「日本人らしさ」は、明治時代になるより前までの日本人らしさ、です。

 

もっと言えば、この世界が日本に期待する精神性を持っていたのは、

明治維新で「負けた側」の人々に根付いていた精神です。

 

薩長は、その精神性を利用して

「卑怯なやり方」で誠実な日本人を出し抜いてきたに過ぎません。

天皇さえ、出し抜いているのです。

 

その末裔である安倍さんは、

今でも卑怯なやり方で国民や天皇、

ともすれば、ローマ教皇までを出し抜いていますよね?

 

ですから、ケントさんに「ジャパンがクールだ」と

おっしゃっていただけるのはありがたいのですが、

そのジャパンはどのジャパンなのだ?ということを、

しっかり認識していただきたいのです。

 

奇しくも、ケントさんが言う、

戦争に勝ったGHQの洗脳による自虐史観、と同じように、

明治維新のときに、戦争に勝った薩長による洗脳による皇国観が

「天皇陛下、万歳」なのです。

 

彼らは正規軍ではありませんでした。

「勝てば官軍」という言い方が、それを裏付けています。

日本は薩長に乗っ取られ、彼らのいいように歴史観を捏造された。

 

我々は、敗戦によって、薩長が作ってきた「日本観」がデタラメだった、

と気づいただけなのですよ。

 

でも、半端に天皇制が残ってしまったせいで、

それまでの近代史観を覆すような歴史をちゃんと身につけられなかった。

 

そういうことですよね。

だから、日本に「自信を持て!」と言ってくださるのは嬉しいのだけど、

誇るべきなのは、明治以降の戦争日本ではなくて、

もっと前の武士道日本のことなのだ、ということを、ちゃんと理解していただきたいのです。

 

 

私は剣道やってましたし、日本人の精神性は好きですよ。

誇りです。

 

でも、だからこそ、明治〜敗戦までの日本は

「男らしくない」し、カッコ悪いし、卑怯だし、ズルイと思うのですよ。

 

「日本史の汚点」だと思っています。

 

もちろん、戦地に行って果ててきた多くの人々は、

本気で信じさせられていましたから、彼らを責める気はありません。

 

その忠誠心は尊いです。

しかし、国民の忠誠心を悪用することは許されない。

 

安全な大本営にいて「死んでこい」と言うだけの人間たちには、

「恥を知れ」と言いたいです。

 

そして、それはそのまま、

安倍晋三とその仲間たちの姿と重なるんですよね。

 

最近は災害でも、オリンピックでも、

ボランティアでやれ、と国が命令してきますね。

これも「国民の忠誠心の悪用」体質が残っている証拠なのです。

 

本当にいいことなら、日本人は誰に言われなくても、自分で動きます。

 

 

昨夜、眠れなかったので、森友問題のドキュメンタリーを観ていたのですが、

国会の場での安倍晋三さんの「私と妻が関わっていたら辞める」発言のせいで、

財務省での証拠隠滅工作が始まり、それを実際にやらされた近畿理財局の方が、

「公文書を改竄させられたことを苦に、自殺されました。

 

 

 

 

いま、近畿理財局のOBたちが、亡くなった方の名誉を守るために、

名出し、顔出しで抗議の活動を展開されています。

 

いいですか?

 

この、「後輩の名誉のために抗議活動をしている方々」が、

日本人の美しき精神性を持った方です。

 

サムライです。

 

不正義を強要させられたことを苦に、自害する誠実な人こそ、

サムライなんじゃないでしょうか?

 

首相を守るために、嘘を嘘で塗り固め、挙げ句、

誠実な仲間を死に追いやるような連中、

そして、それを平気でいられる連中こそが、

良き武士道精神を骨抜きにしてきた薩長なのです。

 

安倍晋三さんも人間ですから、いつかはその命が尽きるわけですが、

そのときに、彼が成仏するとは、私には到底思えません。

ろくな死に方をしないのではないか?と感じています。

 

鹿児島や、山口の皆さま、ごめんなさい。

私の父は鹿児島出身ですが、

(つまり私にも薩摩の血が流れていますが)

それでも、薩長は許せません。

西郷さん以外はね。

 

でも、分断はいけませんから、今を生きる我々は、

歴史をちゃんと見つめなおして、「みんなにとっていい国、日本」を

作り上げなくちゃいけません。

 

だからこそ、日本に、こういう歴史があるのだ、ということを、

ちゃんと認識するところから始めましょう。

 

アメリカで「南北戦争ってなに?」って言う人、いないですよ。

私たちは、自分の国のことを、知らなすぎるだけなのです。