軍議が招集された。
 もはや、廃墟同然となってしまった大阪城に、主だった武将が集められた。その中には、無論、真田幸村、後藤又兵衛、塙団右衛門などもいる。
「別働隊を編成する」
 大野治長が、開始の合図もなしに声を張り上げた。
「徳川家康、秀忠両名が、京都に到着したとの報が入った」
 場が、わずかにざわつく。冬の戦役から、まだ一年も経っていない。早すぎる、とこの場の誰もが思ったことだろう。幸村は、佐助による報告から、すでに家康出陣の話は聞いていた。戦が近いことは、大阪方の疲弊から、眼に見えていることであった。密かに幸村は家臣たちを鍛え、武器も良質な物を揃えている。赤備えは、前回の功績からすでに認められていた。大阪参陣の際の報酬はすでにほとんど底をついているが、満足のいく使い方が出来たと思っている。
「我ら大阪方は、防備を失った。打って出るより他はない」
 武将の一人が、声を発した。
冬の戦役の和睦の条件により、大阪城は丸裸も同然となった。籠城という選択は、はじめから全員の頭になかったであろう。幸村も、それが最善だと考えていた。
「すでに、河内(大阪東部)から大和(奈良)は手中に収めている。そこで、集結してくる徳川方を、それぞれで逐次撃破するのだ」
 大野治長の策にしては、なかなか良好、と幸村は見た。後藤も、小さく頷いている。
「しばらく」
 行ったのは小幡景憲である。幸村は、わずかに身構えた。小幡は、徳川と通じている。先の戦でも、幸村たちの献策に反対し、籠城戦を支持した。無論、警戒を解いてはいない。
「各個撃破の策では、どれかひとつが崩れれば脆い。ここは、全軍による野戦にするべきであろう」
 幾人かが、賛同の声を上げた。
「野戦では、兵力と物量に劣るこちらが不利。兵力の分散にこそ、勝機はある」
 大野が異論を唱える。まずい、と幸村と後藤は顔を見合わせた。ここに来て意見が分かつのは好ましいことではなかった。一枚岩となって戦わなければ、兵力の差を埋めることなど、出来るはずがないのだ。
「野戦には賛同致しかねる。ここは宇治まで出て迎撃するべきだ」
 我慢が出来ず、幸村は声を発した。
「それがしも、幸村殿に賛成で御座る」
 後藤、真田の両雄の意見は、この場においての法になりつつあった。
「また両御仁か」
 小幡が、白けたような目を後藤に向けた。後藤が、わずかに身を乗り出したのを、幸村は見逃さない。ここでまた紛糾しては、大阪は負ける。幸村は、咄嗟に大野治長を一瞥した。大野は、察してくれたのだろうか、場をいさめるように手を挙げた。
「皆、落ちつくのだ。我らは志を同じくする家族ではないか。ここで家を分かつは、秀頼公の愛に背くことにならぬか」
「しかし、宇治にまで出るというは、先制攻撃を加えるということであろう。疲弊のない元気な敵と相対すことになる。それでは移動してきた我々の不利が勝る。それに、大阪を空にするのは、秀頼公を死地に晒すと同じ事だと、何故わからぬのだ」
 小幡がなおも反論する。
「ならば、秀頼公も出陣なされればよい」
 幸村が、落ちついた声で言った。おそらく、小幡の目論見は、大阪方の分断にある。全軍の野戦に勝機はない。
「秀頼公が出陣なされれば、軍の士気も上がろう。相手は総大将家康が出陣しているのだ。どうしてこちらが御出陣出来ないことがあろうか」
 幸村は続けた。決して、声を荒げてはならない。
 小幡が立ち上がろうとした時、大野治長が声を荒げた。
「もうよい。皆静まれ」
 視線が、大野に注がれる。助かった思いで、幸村はいた。
「ここは、私が決定権を持つ。籠城戦はなし。打って出るより他ないことは、周知の通りである。しかし、野戦、宇治侵攻のどちらも、大阪は採らぬ」
 誰も発言できないように、大野は早口で話している。
「まずは、大阪の版図拡大から始めたい。そのために、別働隊を組織する。無論、本隊は秀頼公の護衛だ」
 またも、大野の独断で、話が進められていった。

場が白けているのは、誰の眼にも明らかだった。

 はいどうも。お久しぶりの方もいらっしゃるのでしょうか?

 空気劇と申します。

 さて、人生初の長期(不定期)連載となっている、小説真田幸村「紅天の夢」ですが、ようやく物語も夏の陣を迎え、佳境に入ってきました。

 次回の第六部で、この物語は終幕となります。

 史実とは異なる部分がほとんどですが、あくまでエンターテイメントの一種だと思って下さると嬉しいです。

 この物語は、僕自身とても思い入れの強いものであります。
 執筆を開始したのは、中三になるかならないかだったと思います。第一部を書きあげ、友人MとYに読んでもらった時、「おもしろい!」と生の感想をいただいたのが、今でも鮮明に心に残っています。
 それなら、ちょっと頑張ってみようか。
 それが、きっかけでもあったと思います。

 
 小説を何篇か書くうちに、なんだか、『小説を書く』ということは、大きな布をたたむことに似ている、と思い始めてきました。(何言ってるんだって感じですよねw)

 布をたたむとき、やはり見栄えは重要になってきます。
 見栄えを良くするにはどうすればいいのでしょうか?

 綺麗にたたむことも重要でしょう。

 しかし、それ以上に、僕は

 布の広げ方
 最後のひとたたみ

 が重要だと思っています。

 だから僕は、物語の始めと最後にはとても気を遣って扱うようにしています。


 この小説真田幸村は、自分なりに納得のいく広げ方が出来たと思っています。
 あとは、このあまりにも広大に拡げられた布をどうたたみ上げていくか。


 期待しておいて下さい、とはとても言えません。

 ただ、このちっぽけな高校一年生が、無事に布をたたむことが出来るのか。
 それだけを見守っていてください。


 それでは、終幕後にお会いしましょう!!



                 空気劇
「出立する」
 家康は、馬に跨りながら下知した。
 二度目の、豊臣征伐である。一度目で、籠もるべき城を削ぎ落した。あとは、残党狩りのようなものだ。
 京都所司代の板倉勝重が、豊臣の不穏な動きを察知した。それだけで、口実は充分であった。今度こそ、完膚なきまでに叩きのめす。豊臣の名を、この世から駆逐する。それで、ついに天下統一を果たすことが出来るのだ。
 刹那、和解の道も考えた。しかし、今なお、豊臣恩顧の大名は多いのだ。それが、後々の禍根になる。己の宿願とは、天下統一ではない。徳川による、永遠の治世なのだ。何かの達成のためには、必ず犠牲が付きまとう。それが、今回はたまたま豊臣家だっただけだ。
 目指す先は、二条城である。秀忠は、家康より少し遅れて到着するだろうが、戦が始まるのは諸大名の集結が完了してからである。決着は、三日で着けるつもりだった。戦は無尽蔵に金を食う。兵糧、武器、弾薬、宿泊代。他のことにも、とにかく金が必要なのだ。資金は潤沢だったが、無限ではない。如何せん、大軍である。冬に引き続き、短期間で二度も大軍を動かすのは、相当な出費なのだ。治世の形態が武から知に変わるとき、最も重要な物は、金であるのだ。浪費するわけには、いかなかった。
 家康は、速足で進み、京都へと上り、間もなく二条城に到着した。それから三日ほどして、秀忠が二条城の南、伏見城へ入ったとの報せが来た。諸大名も、続々と馳せ参じている。皆、功に飢えた獣の眼をしていた。これなら、早期決着も容易だろう。
 家康は、燭台の灯りで、大阪の地形図を見つめていた。諸大名の名簿を見て、陣容を決める。おそらく、生涯最後の戦になる。家康は、最後は自分だけで戦を決したかった。
「家康様」
 側近の一人が、襖を開けた。
「大阪より、密使が参っております」
 家康は、にやりと口元だけで笑った。ようやくか。一年も、待ったのだ。
「良い。通せ」
 側近が、返事をして手招きするように外にいたであろう男を呼び寄せた。
「名は、何という?」
 眼だけをぎらつかせ、男は低く答えた。

「豊臣家家臣、後藤又兵衛」

 燭台の灯りが、男の顔の影を、一層暗くしていた。




  第五部   完
 変わり果てた。いや、変わったのではない。なくなったのだ。
 淀は、暗室に閉じこもっていた。音はない。ゆっくりと、時間だけが失われていくのだけが、淀にははっきりと感じ取れた。
 家康。
 その名を思い浮かべるだけで、気が狂いそうになる。自制のための、謹慎ではない。ただ、自分の中に黒々と渦巻き、暴れ狂う激しい憎悪を抑えたいがだけだ。
 刹那たりとも、忘れたことはない。黒い塊に、打ち砕かれた壁。壁に押し潰された家臣の悲鳴。その下に広がっていた、地獄絵図。それだけではない。ゆっくりと、大阪城が毀されていく光景は、自分の脳裏に焼き付いている。
 断食していた。さすがに心配した家臣たちが毎日のように訪ってくるが、この暗室には内側から鍵をかけている。
 暗室のなかで、視えて来るものは、何も無かった。はっきりと、虚しいほどに、憎悪が谺するのみである。いつの間にか眠り、朝になるのもわからない。自分がこの世に生きているという証明は、この暗闇の中では、徳川に対する恨みだけであった。
 自らの勝手で、多くの家臣が死んだ。城がなくなった。愛する秀頼の、未来がなくなった。自裁も考えた。自分も、武士の子なのだ。その度に、母のことを思い出した。
 母は、浅井長政との間に三人の娘を成した。そのうちの一人が、淀である。その後、長政は信長に反旗を翻し、母とその三人の娘を信長に引き渡したのち、討ち取られた。そして、母は、信長の側近であった、柴田勝家の妻となった。しかし、勝家は、秀吉との信長の後継者争いに敗れ、自裁を余儀なくされた。母も同時に自裁してしまった。
 母と、父を、喪(うしな)った。
 乱世のことである。覚悟は、出来ていたつもりだった。戦では、人が死ぬ。それが、たまたま、父であっただけだ。たまたま、母であっただけだ。
 それでも、肉親の死は、その度に淀を斬り裂いた。毀れてしまった、淀は時々、自分が自分でない誰かに乗っ取られているように感じるときがある。医師には、心が毀れている、と言われた。
 二人目の父を殺したのは、秀吉であった。しかし、父の仇に嫁いだのは、決して世の習いゆえのことではない。秀吉は、淀の毀れた心を支えてくれる何かをもっていた。秀吉の前では、心から笑うことが出来た。
 そして、秀頼を産んだ。子の顔を初めて見た時、涙が出た。母になったのだ。自分の母も、同じ気持ちを抱いたのだろうか。この子を、死んでも守ろうと決めた。どうして、母が淀を自分が死んでまで淀を生かそうと思ったのか、ずっと疑問に思っていたことが、ようやくわかった気がした。
 子の命が、狙われた。守ろうと思った。老いぼれの狸には、奪われるわけにはいかない。私の、全てなのだ。秀吉も、共に守ってくれていた。
 しかし、その秀吉の守りすらも、狸は奪った。守りだけではない。秀吉との全ての記憶を、奪っていったのだ。
 引き倒された柱には、秀頼の成長の証が、刻まれていた。秀吉は、すぐにとどかなくなったが、それでも台に乗って息子の身長を、柱に刻み続けた。崩された石垣では、秀頼が登ろうとしたのを、みんなで共にいさめていた。
 城は、本丸のみしか、残ってはいない。
 秀頼を、守りたい。しかし、もう籠もるべき城はない。何をもって、秀頼を守るのか。
淀は立ち上がり、ゆっくりと暗室から出た。

月が、淀を冷たく見つめていた。


 戦の後始末は、不要だった。
 今は、冬の戦役から次の戦役への安息ではない。ただの、長い膠着である。勝利に沸くことも無く、徳川家康は、家臣たちに、緊張を解かぬようにと厳命した。
禍の芽は、なるべく早く、摘み取らねばならない。
 家康は、内政や外交に長けた家臣たちを招集した。
「なるべく早く、豊臣討伐の大義名分を探し出すのだ」
 豊臣は、先の敗戦で、かなりの兵を失っていた。戦死者よりも、逃げ出した者の方が多いのだ。多くとも六万、と家康は読んだ。それに、後藤又兵衛は手負いである。圧倒的兵力の上、有能な武将も健在なこちらの敵ではない。
 なるべく、戦という形で、豊臣を滅ぼしたかった。併合するのも手ではあるが、それは禍を腹に抱え込むことにも繋がる。今なお、豊臣恩顧の大名は多い。反乱の因子を孕むわけにはいかないのだ。何としてでも大義名分を探し、完全な徳川の、己の政権を作り上げる。そして、誰よりも長く、生き永らえる。簡単なことだ。消せばいい。今までと、同じだった。
「父上」
 徳川幕府二代目将軍となった、秀忠が口を開いた。場にいた者の眼が、一斉に一か所に注がれる。しかし、家康だけは、眼を閉じていた。
「私は、賛同致しかねます」
 場が凍りついた。秀忠は、それを温めるように、さらに熱弁を振るった。
「滅ぼすだけが、天下平定への手段なのでしょうか。父上の若かりし頃、志したのは敵の殲滅ではありますまい。真の意味の、天下平定。戦の無い世の中。なにゆえ、そこまで豊臣に拘るのですか」
 一息で言い、秀忠は挑むように鋭く家康を睨んだ。鏃のように、鋭利な気を放っている。隣同士でひそひそと話し合っていた家臣たちも、秀忠のあまりの剣幕に閉口した。
 それでも、家康はただ眼を閉じていた。
「豊臣との、いや、日の本全土の共生。それが、父上の夢だったのではないのですか」
 秀忠の顔が、赤黒く染まっている。家臣たちは、両極に座する家康と秀忠を交互に見比べ、青白い顔をしていた。
 家康は、ただ眼を閉じているのみである。しかし、体中から、老体から発せられるものとは思えないほどの、迸るような闘気が、この場にいる者を縛り付けていた。
「豊臣恩顧の大名を危惧しているのであれば、秀頼殿を手厚く迎え入れれば良いだけのこと。憂う必要はありませぬ」
家康の束縛の中で、動ける者は、すでに秀忠だけとなっている。しかし、その秀忠も、だんだんと顔が青くなり、吠えるようだった音声も、少しずつしぼんでいった。
秀忠の言葉が、不意に切れた。額には、大粒の汗が浮かんでいる。
「それだけか?」
 短く、家康は言った。腹の底から、重く、体を押し潰すような声だった。秀忠の体が、にわかに震えだした。
 氷で覆われていた空間が、今は、闇に覆われているようであった。
「生まれだけで将軍になった者が、何を言うか」
 闇の中から、家康の言葉が伸びて来る。それは、秀忠の背筋を撫でるように響いた。
 家康は、二の句を紡ごうとしなかった。皺だらけの顔が、静かに、秀忠の方を向いていた。顔だけ向いていて、秀忠は視界に映っていないのかもしれない。虚空を睨むような眼だった。
「次の戦は、儂のみが采配を振るう」
 しばらくして、家康が口を開いた。変わらず、怜悧な視線で、秀忠を縛り付けている。
「兵の支度を始めろ。ゆっくりでも良い。開戦は、夏を目指す」
 
誰も、返事は出来なかった。