はいどーも。

「紅天の夢」

完結いたしました。
時間こそ経ちましたが、ここに改めてご報告させていただきます。

なんというか・・・
感慨深いw

自分自身、まさかここまで長いものを書けるとは思っていなかったし、「面白い」と言って下さる方がいらっしゃることにも、驚きと喜びで一杯です。

幕間でお話ししました。
うまく、布をたたむことが出来たのかな。
自分なりには、不格好でも、納得のいく最後になりました。

紅天の夢を書き始めたのは、中学二~三年生のころ。
中二病まっただ中だっただけかもしれませんねw

でも、クラスには、面白いと言ってくれる人がいて、ぜひ最後まで書いてほしいと言ってくれる人がいて・・・。

それから、「書く」って楽しいことだと知りました。

小説家。
人は笑うかもしれないけれど、興味があります。
売れなくても、書けるだけでいいんです。
(綺麗事かな)


・・・このままだと、なんだかしょっぱい話になりそうなので、やめておきますw

とりま、
長い間、読んで下さった方々、本当にありがとうございました!!

次回作は、、、



またいつかw


(リクエストがあれば書くかも・・・。歴史上の人物でお願いしますw)
 負けた。家康の首は、ついには挙げられなかった。
 急いで逃げ込んだ神社。狛犬に、幸村はもたれかかっていた。足は、動かない。肩も、上がらなかった。紅蓮の部隊は、もう数えるほどしかいなくなっている。脇腹から出る血が、止まらなかった。死ぬのだろう。覚悟は、していた。
 家族は、どうなったのだろう。
 幸村は、ぼんやりと考えた。ゆっくりと、眼を閉じる。疲れていた。
「旦那」
 懐かしい、声が聞こえた。
「佐助」
 眼の前に、佐助が立っていた。傷一つなく、いつもの薄ら笑いを浮かべている。
「良い報せが、あります」
 佐助の声は、少し震えているような気がした。
「話してくれ」
 幸村は、必死に声を絞り出した。
「奥様方は、伊達家家臣、片倉家に身を寄せられております」
 伊達政宗。幸村は、この同い年の男に、万感の思いを抱いていた。この男は、追撃を止め、家康への道を開き、家族の面倒すらも、見てくれるというのだ。
「かたじけない。家族を、頼む」
 微笑みながら、言った。
「伝えておきましょう」
 佐助が踵を返し、近くに落ちていた六文銭の旗を拾い上げた。
「佐助よ」
 静かに、言った。佐助が振り向く。
「俺は、行く」
「そうですかい。まだ、しぶとく生きられそうに見えるんですがね」
 言った佐助の声は、隠しきれないほどに震えていた。
「辞世の句など無い。代わりに、これを」
 幸村は、震える右手を差し出した。佐助が左手を伸ばし、それに重ねる。
「礼だ」
 佐助に、笑いかけた。
 天を仰ぐ。紅だった。紅の天に、佐助が旗を掲げる。この旗は、夢だった。武士として戦に生き、戦に死ぬ。後悔はしない。誓いを込めた、旗だった。
生きた。生き抜いた。三途の渡り賃も、今渡した。
「俺は、閻魔の」
 佐助の声は、嗚咽に混じっていた。

 笑ってくれ。あの時のように、声をあげて。
 










 石が、立てられていた。
 草花のなかで、小さく、暮れかけた陽を照り返している。
 山伏の格好をした男は、その石の前に膝をついた。
 近くに小川が流れているのか、かすかに、水のせせらぎが響いている。空には、小さな鳥が、家路を急いでいた。風が吹くたび、草木が微笑む。
 男は、その調和を乱さぬかのように、静かに手を合わせた。目をつむり、唇の先だけを、小さく動かしている。
 十の呼吸をおいて、男は眼を開いた。
 石は、何も語らない。
 男は、微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
小鳥たちは、もう家にたどり着いただろうか。草木は、語り手がいないと、退屈なようだ。水のせせらぎだけが、変わらず響いている。

 男は、懐から赤い包みを取り出した。そして、中の物を、小川に向かって投げた。
 波紋が、六つ、広がった。
 声をあげて、男は笑う。
「俺は、閻魔の大王じゃないのでね」
 最初からいなかったかのように、男は消えていた。

 陽は、ゆっくりと消えていく。





 紅天の夢  完

 徳川本陣を抜けてすぐ、徳川軍に行く手を阻まれた。旗印から、二つの隊が組み合わさっていることが分かった。
「怯むな。突撃する」
 後続の鉄砲隊を、前衛に出した。掃射を加えた後に、突っ込む。後ろからは、追手が迫ってきているはずだ。止まれば、挟撃を食らう。進むしか、無いのだ。何万の軍勢が開いてだろうと、戦うしか、無いのだ。
 犠牲は、厭わなかった。家康の首。それのみを、欲していた。
「押せ。押しまくれ」
 力の限り、槍を振るった。敵を、断ち割る。敵の壁。その先に、家康がいる。後ろは、振り返らなかった。ただ、前進を続ける。退路は、無いのだ。
 壁を、抜けた。後ろは、振り返らない。自分一人でも生き残り、家康の首を掻き切れば、勝利なのだ。
 家康の足跡は、調べずとも、なぜか幸村にはわかった。

 紅蓮の炎は、千に満たなくなっている。



「秀頼様」
 大阪城本丸に、一人の伝令が駆けて来た。大野治長からである。
秀頼は、腰が浮きそうになるのを必死に堪えた。
 城外では、最後とも言うべき戦が続いている。戦況が芳しくないのは、見なくてもわかっていた。
「御出陣を」
 伝令の兵は、懇願するように言った。その後、慌てて礼をとり直した。
「申し上げます。真田幸村隊の特攻により、家康本陣、後退。しかれど我が軍、戦況悪化により士気低迷。秀頼公の御出陣を願う次第で御座います」
 額を、畳に擦りつけている。秀頼は、今にでも飛び出す覚悟だった。
「殿下に御出陣を願うのか。無礼にもほどがあるぞ」
 淀が怒鳴る。それでも、伝令の兵は姿勢を崩さない。
「無礼を承知で申し上げます。御出陣くだされ。拙者は、ここで腹を斬る所存で参りました。今ここで殿下が参られれば、全軍の士気高揚は明白。戦も決着が着きましょうぞ」
「母上。私は、今すぐにでも出立できます」
 秀頼は立ち上がって言った。
 その時初めて、淀の眼に涙が浮かんでいるのが分かった。
「秀頼、行かないでおくれ」
 母が、秀頼の裾を掴んだ。手が、震えている。
「あなたがいなくなったら、いったい何回、私は大切な人を失わなければならないの?」
 頭に、なにか堅いものがぶつかったような衝撃が広がった。母は、両親を亡くした。夫を、亡くした。今度は、息子を亡くすのか。
「行かないでおくれ。私を、独りにしないでおくれ」
 鼓動が、速くなった。頭の中では、この手を振り払ってでも、兵の頭を上げさせるべきだと思っていた。
 出来なかった。母の肩に、そっと手を置く。
「大野治長に、伝えよ」
 秀頼は、絞り出すような声で言った。
「私は、出来ぬ。母を置いて、戦に行くことは出来ぬ」
 涙が、溢れて来た。誓ったではないか。共に、戦うと。
 眼の前に、今にもくずおれそうな、母がいる。冬、肩を、支えてやることも出来なかった。その肩を、支えることを、選んだ。
 自分は、弱いのか。大切な人を守ることが、弱さなのか。
 父は、強かったのだろうか。父は、領民と家族が、何より大切だと語った。
「秀頼」
 母の肩が、震えている。
「人は、弱いのです。あなたの父も、あなたも、名将と呼ばれる者たちも」
 父が、弱い。母の言葉は、秀頼の心に、柔らかく響いていた。
「人は、何かを守ることで、強く生きられるのです」
 何かを、守る。
 自分を、守る者がいる。この城を、守る者がいる。愛する人を、守る者がいる。己の誇りを、守る者がいる。皆、強く生きているのだ。
「母上」
 震える声で、秀頼は問うた。
「私は、母上を守りまする」

 大切なものを、守る。
 私は、強く生きられているだろうか。



 敵の囲みを、抜けた。
 真田幸村は、千にも満たない兵たちを率いていた。紅蓮の兵たちの眼は、まだ死んではいない。友が死んだ者もいるだろう。好敵手が死んだ者もいるだろう。それでも、脚は止まらなかった。家康の首。それだけを、狙っていた。
 刹那の逡巡もなく、幸村は方向を決めた。この先に、家康がいる。根拠は、無い。しかし、確信していた。六文銭の旗が、教えてくれているのだろうか。
 敵の一団が、見えた。家康がいる。幸村は、馬に最後の疾駆をさせた。馬に限界が来ているのは、分かっていた。距離が、縮まっていく。黄金の馬印。家康が、いる。槍は、折れていた。後藤の太刀を、抜き放つ。太刀が、鼓動をした。共に、ゆこう。馬廻り衆が、こちらに向かってくる。足止めのつもりか。雄叫びをあげた。これまでの激戦で、幸村の左肩には矢が突き立ち、脇腹は槍で突かれ、血が噴き出している。体中に刀傷もあった。しかし、止まらない。止めてみろ。太刀が、勝手に動いた。敵の首を、二つ飛ばしていた。
 側面から、別の敵部隊が飛び出してきた。行く手を塞いでくる。
 紅蓮の部隊は、一つの火の玉となって突撃した。
 家康の首。幸村の眼には、それしか見えていなかった。後藤の太刀は、勝手に動いた。幸村は、前に進むだけで良かった。後藤が、血路を開いてくれているのだ。
 これを抜けた先に、家康がいる。
前だけを、見ていた。



 死を、覚悟した。
 紅蓮の部隊が、六文銭をはためかせ、突撃してくる。馬廻り衆が守衛に向かった時、家康はほとんど無防備だった。馬廻り衆も突破されそうになった時、横から味方が飛び出してきた。何重もの壁を作り、防戦する構えをとった。紅蓮の部隊は一つにまとまり、その壁すらも突破しようとしていた。先頭で鬼神の如き戦いを見せているのは、真田幸村であろう。味方を、背中で鼓舞するような、闘い方だ。家康は、なぜか立ち止まり、後ろを振り返った。何重も敷かれていた壁が、あと一歩のところまで迫られている。真田幸村と、眼が合った。自分だけを、見ている。背筋が、凍った。
 不意に、紅蓮の部隊が、壁から離れた。
 真田幸村の馬が斃れ、本人は部下の馬に乗せられている。深手を負ったようだ。
 紅蓮の部隊が、遠ざかっていく。追撃はさせず、壁を作ってくれていた軍勢は、自分の指揮下に置いた。
 死を、覚悟していた。
 緊張が解かれて、家康は、初めて体が震えていることに気付いた。戦の前のそれではない、恐怖に慄いている者の、震えだ。命を、拾った。
 家康は、勝利を確信した。あれほどまでに、自分に執着していた人間が、撤退せざるを得ないほどの深手を負った。おそらく、真田幸村は、死ぬ。
 一つ、息を吐いた。
「日の本一の、兵」
 呟いた。まさに、それほどの武勇だった。
 踵を、返す。
「いつかあの世で、酒を酌み交わそうぞ」

 陽が、傾き始めていた。

 徳川軍が動き出した時、真田幸村は、すぐにでも動き出せる態勢をとっていた。太刀の鞘を払った状態とも言える。
 敵の兵力は、高台に位置する幸村の軍勢ではなく、麓の毛利勝永に集まっていた。幸村の隊と相対しているのは、同兵力程度の部隊である。打ち破ることは、難しくない。伊達政宗の隊も、こちらから見える位置に布陣していたが、開戦すぐに迂回するような姿勢をとった。この茶臼山に、直進ではなく側面から寄せて来るつもりなのだろう。しかし、幸村には、眼の前の道を開けてくれたようにも感じられた。
 幸村が読んだ通りに、眼の前は手薄になっている。幸村は、馬に跨ると、兵たちに向き直った。皆、紅の具足に身を包み、赤地に六文銭の旗印を掲げている。
「真田幸村、最後の戦じゃ。皆で、徳川を打ち破ろうぞ」
 兵たちが、雄叫びをあげた。
 幸村は、すぐに馬に鞭をくれた。全軍が、疾駆する。好機は、ここしか無かった。捨て身の、突撃である。
 すぐに、眼の前の軍勢が迫って来た。幸村は、先頭に立って指揮をする。相手は、虚を突かれたのか、全く態勢が整っていなかった。騎馬を先頭にして、突っ込む。遅い、と幸村は敵将を蔑んだ。障子を裂くように、敵陣が割れていく。騎馬隊が切開いた道に、後続の歩兵がなだれ込む。勢いに、任せていた。面白いように、敵陣が断ち割れていく。
 最後の兵が、抜けた。犠牲は、顧みなかった。幸村は、そのまま疾駆し続けた。敵の対応は、遅れに遅れている。赤備えは、一つの火の玉のように駆けた。火が、建物を燃やしつくす様に、赤備えの軍勢が、徳川軍の内部で暴れまわっている。
 徳川本陣が、見えた。
 討てる。家康を、討てる。確信した。
 本陣になだれ込む。家康の姿はない。逃げられたか。
「家康を追う。付いてこい」
 幸村は、鋭く下知を飛ばした。
 移動しようとした時、家康の本陣を指し示す大旗を見つけた。居場所を指し示すのは、金扇の大馬印である。幸村は、大旗を手に取ると、満身の力を込めて、それをへし折った。
「行くぞ」
 幸村は、再び馬に鞭をくれた。

 赤備えは、返り血で紅蓮に染まっている。




 伊達政宗は、真田幸村のやや南西に布陣していた。
 政宗の使命は、真田幸村の布陣する茶臼山を攻撃することだった。もう一度、真田幸村と干戈を交えることになる。しかし、政宗はそんな気など毛頭なかった。昨日の、あの一戦で、満足だった。
 開戦とほぼ同時に、茶臼山へ迂回路をとった。大阪方が、全軍突撃することは、眼に見えていた。圧倒的寡兵である。戦が長引けば長引くほど、兵力の差が足枷となる。特に、真田幸村は、特攻も厭わないだろう。徳川方の主力部隊である政宗の隊は、それを防ぐ楯となっている。
 足掻いて見せよ、真田幸村。
 政宗は、その思いで迂回路をとった。結果、真田幸村の障害は、ほとんど無くなったに等しい。
 政宗が動き始めてすぐ、真田幸村は烈火の如き進軍を開始した。見る間に眼の前の軍勢を断ち割り、徳川本陣に迫る勢いだった。政宗は、戦慄した。負けるかもしれない。家康が、討ち取られるかもしれない。しかし同時に、高揚した。また、乱世が訪れるかもしれない。俺が、天下を獲れる機会が、巡ってくるかもしれない。
 追撃は、しなかった。速度を緩め、そのまま茶臼山を目指す。
 不意に、誰かが落馬する音が聞こえた。馬廻り衆。両隣にいた兵が、落馬している。何が起こったのか、理解できなかった。
「伊達政宗様、で御座いますね?」
 背中に粟が立つ思いだった。落とされた馬廻り衆の馬上。見知らぬ男が、ごく当たり前柄のように馬に跨っている。
「何者だ」
 政宗は、太刀の柄に手を掛けた。見知らぬ男は、丁重に礼をすると、口を開いた。
「真田幸村にお仕えしている忍びで、猿飛佐助と申します」
 真田幸村、の言葉を聞いた時、政宗は密かに安堵した。首を、獲られていたかも知れない。
「何用で参った?」
 不思議なことに、落馬させられた兵たちには、怪我ひとつなかった。なにが起こったかわからないように、政宗たちの後ろを駆けていた。
「これを、お渡しします」
 佐助は、懐から書状を取り出した。凛とした字で、宛名が書いてある。真田幸村が、したためたのだろう。
 内容を確認して、政宗は驚いた。
「返事は、いつまでに?」
 政宗は、驚きを隠せぬままに問うた。
「今すぐに」
 佐助の眼は、切羽詰まった者の眼をしていた。不思議な眼だった。体の気は飄々として掴みどころがないのだが、瞳の奥には、力強さが感じられる。
「承知した。この申し出、断る道理がない」
 快活な声で、答えた。佐助が、ほっとしたような表情を浮かべる。
「それでは、俺はこれにて」
 佐助は、無邪気に笑った。
 進路を確認しようとして前を確認する。佐助は、もういなくなっているだろう。
 今の短い時間は、夢幻であったのかもしれない。しかし、隣の馬廻り衆は馬上から消えているし、佐助から受け取った書状は確かに持っている。相当優秀な忍びなのだろう。

良き家臣を、良き友を持ったな。
 徳川本陣が、大きく揺れている。

 今日も、暑い。
 真田幸村は、武具の手入れをしていた。遠くに、小さく徳川の軍勢が視える。
 死は、隣に座っている。しかし、幸村の心は、ひどく穏やかだった。自分の手勢にも、焦りを感じている兵はいないようだ。皆、武具の点検を行っている。良い雰囲気だ、と幸村は思う。天下を決する戦いに、微塵も恐れを抱いていない。これならば、満足のいく戦が出来る。赤備えの鎧兜が、昨日よりも美しかった。
 戦いを待ち侘びてもいた。間もなく、正午になる。徳川方の中では、常に忙しない連絡が交わされているようだ。伝令役と思しき兵が、陣と陣を行き来しているのが見える。
 徳川の本陣は、大阪城の南西、天王寺口にあるようだ。主戦場は、大阪城の南になるだろう。しかし、今回は、籠城はできない。冬の戦役で、大阪城は裸城に等しくなったからだ。城に残るのは、秀頼と淀、それに少しの側近である。
 幸村は、篠山よりも南、敵の陣に最も近い、茶臼山に布陣していた。高地なので、敵の全容が見渡せる。十五万は超えそうだった。大阪の兵力は、五万強。相当な寡兵である。そのうち、幸村は昨日から変わらず、三千の兵を率いていた。鍛え抜かれた、歴戦の強者たちである。
「そろそろ、徳川も動いて来よう。皆、準備をせよ」
 戦の気が、昂っていた。開戦は、近い。
「毛利との連絡を密にする」
 毛利勝永は、幸村よりもわずかに東に布陣している。敵陣に、最も近い武将の一人だ。
 茶臼山で、朝、軍議が開かれた。大阪方の取る作戦は、唯一つである。全軍による、特攻。戦が長引けば、寡兵である大阪が不利になる。短期決戦に討ち取る他なかった。
「真田殿」
 戦を眼の前に、最も聞きたくなかった男の声が聞こえた。
「小幡殿か」
 小幡景憲。後藤の太刀が、鼓動したように感じた。
「やはり、特攻の策はやめるべきではないのか?」
 この男は、またも作戦に異を唱えた。この男がいたから、過去に大阪は一枚岩になれなかったのだ。
「黙れ」
 低く、答えた。
「お前が、徳川と内通していることは知っている」
 小幡の顔に、明らかな動揺の色が浮かんだ。
「去ね。さもなくば、斬る」
 幸村は、抜刀の姿勢をとった。
「何の、証拠があろう?」
 小幡も、抜刀の姿勢をとる。
「しかし、真田殿。私に勝てるとお思いなのか?」
 小幡は、相当な剣の遣い手だった。戦でも、多数の首を挙げている。しかし、負ける気はしなかった。今の自分なら、勝てる。
 小幡が抜刀する。幸村は、抜刀の姿勢を解いた。構えはとらない。
「大した自信だ」
 小幡が薄ら笑いを浮かべた。一直線に、突っ込んでくる。息をするように、幸村は身をかわした。瞬時に抜刀し、峰で小幡の背を打った。小幡が、前のめりに倒れ込む。
「刀の錆すら、お前には惜しい」
 幸村は、納刀して言った。
「もう一度言う。去ね。次は、斬る」
 低く、腹の底から響くような声だった。小幡に、背を向けた。振り返った時に、まだそこにいれば、問答無用で斬るつもりだった。
 十を数え、振り向く。誰も、いなかった。

 幸村は、記憶からあの小男を抹消した。
 眼の前の戦に、向き直る。やはり、死が隣にいるようだった。



 戦を前に、最後の集まりがあった。
 豊臣方の猛者が、一堂に会している。圧倒されるような、気を放っていた。
 豊臣秀頼は、居並ぶ諸将の顔を、一人ずつ順に眺めていった。皆、この弱き主君のために、命を捧げる覚悟なのだ。
 秀頼は、静かに口を開いた。
「皆、よく聞いてほしい」
 声は落ち付いているが、部屋によく響く。
 呼吸を、二つ。秀頼は、再び言葉を発した。
「今までの働き、誠に殊勝であった」
 この場で言う言葉は、前から母に決められていた。原稿を、ただ抑揚をつけてそらんじるだけが、今の仕事である。母に、申しつけられていた。しかし、これで良いのか。
「憎き古狸は、もはや眼に見える位置にまで迫ってきている。戦ってほしい。その血を、魂を、大阪のために遣ってほしい。今まで、亡き秀吉殿下が、貴公らに与えた恩賞は、イカほどであったか。秀吉殿下のため、豊臣家のために、今一度、奮起してもらいたい」
 これで、良いのか。
 秀頼は、唇を噛み締めた。沈黙する。淀は、傍で聞いているはずだ。その顔に、心配するような表情が浮かんでいるのは、見なくてもわかった。
「皆」
 秀頼は、ようやく口を開いた。
「皆、私は、弱い」
 声が、ふるえていた。もう、言葉使いすらも、関係ない。言おう。自分の、正直な、本当の言葉を。
「私は、どうしようもなく弱い。誰かに支えられねば、自ら立つこともできないほど、弱い。ただ一つの鉄の塊を見ただけで、竦み上がってしまう。眼の前で人が死ぬだけで、背筋が凍る。大阪の街が取り壊されるのを見ただけで、立ち直れなくなる」
 淀が、動かない。意外だった。しかし、その理由は、武将たちの顔を見れば、よくわかった。
「私は、戦で比類なき槍働きが出来たわけではない。兵法で、大なる兵を打ち破ったわけでもない。商売で、大成功を収めたわけでもない。しかし、ただ天下人の子だと言うことだけで、主君になってしまった。本当に、情けないと思う。ただ、戦を見ていることしか出来ないのだ」
 言葉は、雨の滴が垂れるように、ぽつりぽつりと浮かんできた。
「それでも、お前たちは、私を守ってくれた。天下の勢はもはや決しているのに、お前たちは豊臣を望んでくれた」
 秀頼の声だけが、部屋に響き渡る。
「私は、お前たちと共に戦いたいと思う。お前たちの足がもげようなら、私はお前たちの肢体となろう。お前たちの腕がもげようなら、私はお前たちの両腕となろう。お前たちの心が折れようなら、私はお前たちの魂となろう。共に、戦おう。戦って、勝とう」
 秀頼は、涙を流していた。
 気付けば、全員が涙を流していた。
 言いたいことは、これですべてだ。言いきった。正直な言葉を、正直な心で。
「槍を持て。鉄砲を持て。豊臣家の誇りは、お前たちだ」
「応」
 秀頼の叫びに、皆が武者面を以て応えた。



「父上」
 秀忠が、絶句していた。秀忠の言いたいことは、すぐにわかった。
 家康は、具足をつけていなかった。
「今日も、暑いな」
 家康は、それだけを言った。
 余裕ゆえの着物ではない。部下に、安心感を与えるために、具足をつけなかった。大阪方の闘気には、並々ならないものがあった。部下も、あまりの闘気に恐れを抱いてしまうだろう。しかし、大将が余裕を持っていれば、部下も安心する。家康の狙いは、そこにあった。戦も、すぐに終わるだろうとの見解もあった。
 秀忠は、それを承知の上で、家康の身を案じているのだろう。その心遣いは有難いが、まだわかっていないのだ。
「これで良い」
 家康は、落ちついた声で言った。
「出陣の法螺の音をあげよ」
 秀忠が、食い下がった。
「秀忠よ、早く己の陣に戻れ。戦ぞ」
 渋々といった面持ちで、秀忠が踵を返す。
 法螺貝が、吹かれた。全軍から、雄叫びが聞こえる。
「さあ、大阪の者ども。どれだけ粘ってくれるかな」
 家康は、不敵に笑った。最後の、戦である。この体の震えも、この高揚も、これが最後なのだ。
 兵力には、三倍の差がある。間違っても、負けはしないだろう。
 伝令の兵が、盛んに行き来している。まず干戈を交えたのは、天王寺口の本多忠朝で、毛利勝永の隊に突っ込んだようだ。
 全軍が、動き出している。
「伝令、伝令」
 まだ開戦間もないと言うのに、一人の伝令が、ただならぬ顔で本陣に飛び込んできた。
「今すぐ、お逃げください」
 伝令の背には、矢が突き立っていた。言葉を発すると、使命をやり遂げたように、倒れ込んだ。

 家康の眼の端には、紅の光が、かすかに見えていた。