今回の阿部元巨人軍監督の長女に対する家庭内暴力事件の報道が連日されていますが、その影響、社会的制裁を見る時に思い出すのが佐野海舟選手の不同意性交・婦女集団暴行事件のことです。
子供が喧嘩をしていて制裁の入り、長女の態度にカッとなり投げ飛ばすなどの暴行を加えたが怪我はなく、被害者である長女も警察に告発する考えはなかったと言っている阿部元巨人軍監督の事件。一方で佐野海舟選手の事件は暴行を受けた後で、ホテルにいた被害女性が自ら部屋の中から警察に通報したことで発覚し、被害者の通報を受けて駆けつけた警察官が、現場近くの路上で佐野選手らを発見し逮捕にしたとのことです。
示談が成立したと言うことで不起訴になったと思われますが、本来で言えば示談とは別に犯した罪をベースに考えるならば、「非親告罪」であり、被害者の告訴がなくても起訴できるようにもなったはずです。起訴すべきだったと思います。
また、それとは別に事件による制裁を考えると阿部元監督は職を失い、収入も無くなりました。佐野選手はどうかと言うと、もし事件の前の所属チームである鹿島に席があれば、無期限の謹慎等の処分は出ていたと思われます。しかし、その時点でドイツのマインツに移籍していたために複雑となりました。ドイツではこの様な事件となれば示談が成立しようがしまいが、必ず起訴することになります。(起訴法定主義)その時点でチームから処分が出ていたはずです。しかし、日本では起訴便宜主義となり、被疑者が被害者に対して多額の示談金を支払うなどのことを行い、示談が成立し、その条件として告訴の取り下げなどがあると起訴しないと言うことが多々あります。佐野選手の場合もこれに当てはまるのではと考えます。従い、主義の違う検察の主義によって佐野選手は不起訴となり、不起訴となっているからドイツでは無罪の様な扱いとなり、そのまま試合に出続けることができ、収入は減らなかったと言うことになります。これ、おかしくないですか?脱法と言ってもおかしくないと思います。佐野選手が同じことをドイツ国内で行い、逮捕されていれば起訴されて解雇されていたでしょう。意図的かそうでないかは別にして、佐野海舟選手はルールや習慣の隙間を逃げ切ったと言うことになります。
代表に復帰した会見で森保代表監督は「彼は“ミスを犯した”と言えるかもしれません。
しかし、チームを“家族”と考えた時、私は指導者としてこう考えます。ミスを犯した選手を、そのまま社会やサッカー界から葬り去ってしまうのか。それとも、家族として“再チャレンジする道”を与えるのか。私は後者の考えに立ち、今回、招集させていただきました。」また、佐野選手のしたことを守秘義務があるので何も知らないと言いながら、社会貢献をしてくれるはずと述べています。森保監督は「私自身もコンタクトを取っていましたし、彼を見ていて深く反省していることは強く感じました。そのうえで彼が今ドイツでプレーしている中で、真摯に競技に向き合って社会に貢献する強い気持ちをもってプレーしていることもあり、我々としてもまたチームに迎え入れて、社会に貢献する日本代表の一員として戦っても良いのではないかという判断をさせていただきました」と言っていますが、サッカーをプロとして行い日本代表としてプレーすること自体は社会貢献ではありません。佐野選手はドイツにいることから日本で性被害者救済等の目的で基金を立ち上げるなどの社会貢献をしているとも聞きません。実際していないのでしょう。
性加害を行い逃げ切った佐野海舟選手、知らないと言いながら性加害のことをミスと言う森保監督、それを認めているサッカー協会(宮本会長)、気持ちが悪く日本代表を応援する気が薄れてしまっているのは私だけでしょうか?
森保監督が出ていることでGoogle PixelのCMも嫌悪感を感じます。