開示情報の黒塗り | 生きること、働くこと、そして日々考えること

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今まで、生きてきた中で、生きること、働くこと、その目的など色々と考える機会がありました。

自分の回顧録として、書き残し、まとめておきたいと思っています。

国会等で追及されて情報を開示する際に黒塗りの書類が提供されることが多々あります。

なぜ公文書が“後進国”ニッポンの実像

 

 



これは“行政機関の保有する情報の公開に関する法律”(情報公開法)にて不開示情報は黒塗りしても構わないとなっているからです。
不開示基準とは、◇特定の個人を識別出来る情報、◇公共の安全・秩序の維持に支障を及ぼす情報、それに◇審議中で意思決定の中立性を害するおそれがある情報などとされていて、これらの基準に沿って各府省庁が判断できることになっているとのことです。

これは間違っています。
例えば、犯罪に関して被疑者側がこの情報を出したくないと考え、出さなくても良いという情報を自分で決めて非開示とするということです。

個人情報保護の関連などから難しいかも知れませんが、こういう判断をする第三者組織を作ることです。
この件だけではなく、議員、官僚の道義的な問題等を調査・協議する機関として、くだらないことで国会の貴重で高額な時間を使わない様にすることです。
昨今の不祥事の頻度からすれば常設の期間で問題なく、法律の専門家、民間の知識人を入れて、任期を定め、最高裁判所の裁判官と同様に国民審査制を適用すれば良いと思います。

また、議員や公務員に限っては間違った政策を実行したり、明らかなミスをした人には責任を取ってもらうという観点から、内部書類に関して実名の公表はすべきと考えています。

情報公開法の不開示基準の判断を当事者が行っていること自体がおかしく、中立の立場で判断するところが必要です。
そして、そこで明らかに個人の損得・忖度、個人のミスであると判断された場合には個人名の公表もされてしかるべきと考えます。