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ありがとうございます☆
父の日でしたね
夫婦関係がかなり微妙な私たちですが
今年も感謝を伝えるべく
お花とカードとチョコレートとプレゼントで
お祝いしました
母が亡くなって
日本にいる姉と妹が実家の整理をしている際に
色々出てきた品々を
LINEで画像にして見せてくれます
私はとにかく絵を描くことが好きな子供でした
新聞広告の裏が白い紙は
私のお絵かきノートに早変わりで
母はいつも裏の白い広告用紙をとっておいてくれました
描けるものであればなんでも良かった
と言うより、裕福な家庭ではなかったので
絵を描くならスケッチブックという
発想が母娘してなかったのかもしれません
学校から帰ってくると
母が「今日はこれだけあったよ」
などと言いながら
新聞広告をとっておいてくれると
それが嬉しかったんだよな
って思い出すんです
「私のこと思って
とっておいてくれたんだ」
という特別感を感じたかったのかも
しれないですね
なんたって不安型ですからね
話が逸れてしまいましたが
何かのタイミングで妹から届いた
幼稚園の時に私が描いた
父の日の絵です
(6歳の幼稚園生の時に描いた父の絵です)
アメリカの日本語補習校で2年半ほど
一年生の副担任でお世話になった経緯と
アメリカの小学校で働いて3年目の私
小学校低学年の画力は
絵が得意分野だけあって
特に気にして観察してるせいか
この自分で描いた絵を見て
すごくない?
って驚いてしまいました
いやいや、幼稚園児でも
画力ってこれくらいでしょ?
そう思って
「幼稚園児 似顔絵」など
検索ワードで探して見てみたら
やっぱりこの画力は
ちょっと幼稚園児らしくない
目鼻口の位置バランス
頭部から首、肩のバランス
それに「ようちえん」の文字
しかもブロック文字で
描いている
中学時代美術部で
行事のたびに巨大ポスターを
手描きしていました
その時に使った文字テクニックを
幼稚園生ですでに出来ている![]()
我がこととはいえ
レベルの高さに感心しましたが
まるで子供らしくない
この成熟ぶりに
ふと思い出したことがありました
その昔母に
「私って赤ちゃんの時どうだったの」
と無邪気に聞いたことがありました
母は遠くを見つめるように
でもぶっきらぼうに
「あんたはね
1歳すぎてから話すようになったけど
最初から大人が話すような
言葉を はっきり話したよ」
と教えてくれました
その時は
ふーん
だけでしたが
子供が産まれて
我が家はバイリンガルで
話し始めるのが遅く2歳半でしたので
その時ですら
「パパ ママ だいき(大好き)」
レベルでしたから
当時の1歳過ぎの私が
「お父さん お母さん
○○してください」
と話していたと思い出して
うそだー
と思うしかありませんでした
まぁそう言う早い子もいて
私もその一人だったんだろうけど
私は「宇宙人存在説」は
固く信じておりまして
地球でこんだけ文明が出来上がってるんだから
この数の星の中にも
ゼッタイどこかの星で文明が発達
していないはずがないじゃないか
と考えています
晴れた夜空を見上げると
オリオン座の中の
シリウス星に
必ず目が留まるので
こっそり
私は一度くらいはシリウス星で
生まれ生きた前世があるかもしらん
結構まじめに信じていたりします
輪廻転生を繰り返して
人々は何度も生まれ変わって
ひょっとしたら
前世で亡くなって
比較的すぐに父母の元に
生まれてきたのかもしれない
だから割と年取った感覚が残ったまま
早いうちから言葉も達者で
絵も6歳にしてこれくらい
描けちゃったのかも
と思うとなんとなく腑に落ちるというか
ここでやっと父の話ですが
学業が大好きだった父は
夢半ばで中卒で社会人となり
船乗りとして漁にでたそうですが
揺れる船の中で
独学で勉強していたそうで
私たち子供たちには
大学まで行かせてやりたいと
それは熱心に読み書きを
させていたと聞きました
私の父は
私が7歳の夏休みに
熱中症が起因で心臓発作を起こし
45歳と言う若さで
急逝したのですが
おとなりの いとこのいえに
あそびに いきます
と言う置き手紙を残した私を
(6歳でここまでの文章力が
あるのもなかなかですが)
一つ二つ
ひらがなの書き間違いがあると
正座させて頭にゴツんと
拳を落とされた時の悲しさ
今もじんわりと心臓に残っています
それでも父は子煩悩で
特に姉と妹に
よくからかわれていた
私にとって
父はいつも駆け込み寺で
くっついていました
とある夜中に
何かがあって泣く私の
手を握って満月の夜
からすなぜ鳴くの
かわい かわいと
鳴くんだよ
と優しく歌ってくれた
そんな父を見上げていた私
月の光で
父の顔は ぼやけていて
今となっては
この夜の父の優しさと
歌声が
唯一記憶に残された
思い出となっています
50歳をすぎてもなお
父母の愛を恋しがる
生まれた時からだんだんと
魂の時間は逆に流れて
だんだん幼くなっていくのかな
父と過ごした年月が
短すぎるからこそ
募る恋慕とでも
言いましょうか
仕事が忙しくて
ほとんど家に居られなかった父を
ここまでしっかり描けるほど
父を見つめていたんだなぁ
可愛げのない6歳児
だったんでしょうけれど
だからこそいじらしいと
思えた私もいて
父を思うときは
自然と父恋しで
相変わらず目頭を熱くしている
娘なのでした
☆あなたがあなたらしく
笑顔で過ごせますように☆
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