2025年 人権侵害、社会問題 11
2025年2月25日
支配者側に協力している人間に対する監視について(推測)
支配者側に深く協力している人間に対しては、ハイレベルな監視が行われていると考える事が出来る。
分かりやすい例を挙げれば、ジョージ・オーウェルの「1984年」において、党員に対して行われている監視活動などがある。
裏切りと情報リークは、避けなくてはいけない事態なので、インターネット(PC、スマートフォン等)の情報を完全に
知り尽くされているのは勿論の事、盗聴器、監視カメラのレベルで、私生活の何から何まで監視されている可能性もある。
しかも、その監視は途中から裏切られないよう、一生続く可能性もあるのではないだろうか。
私(E.A)に対する監視も、正確には分からないが、おそらく2004年頃からだと思われる。
そして、2025年現在において、私に対して示唆するか教えてくれる人間が一人も居なければ、何から何まで筒抜けにされる監視に全く気が付かないままだったであろう。
それは、国民一人一人に対しても言える事である。
その上で、支配者側に深く協力している人間であれば、監視レベルが私に近いハイレベルで行われていると考えても、不自然な事では無いだろう。
そこから抜け出す手段は、不正を公にして国民を味方につける正義の行動以外に何があるのだろうか。
支配者側の感情がどういうものかというと、私に対して何の恨みの感情も無ければ、哀れみの感情も無い。
ただ、どう利用するかを考えているだけである。
それは、支配者側に協力している人間に対しても同じだし、国民一人一人に対しても同じであろう。
それと、支配者側に協力している人間は、支配者側から生活資金は勿論の事、それ以外にもそれなりのお金を受け取っているのではないかと推測出来る。