こんにちは、まっさんですよ(´▽`)ノ

そろそろ暖かくなってきたし、すきを見て井の頭パフォでもと画策してるまっさんですよ(*´艸`)



さて、昨日ランス・バートンのショーの映像を久々に見ました。

ランス・バートンはデビッド・カッパーフィールドと双璧をなす世界的なマジシャンです。

なんと言うか、何度も見た映像なのに物凄いショックを受けてしまって……。

極力マジックのディープなお話をココに書くのは避けていたのですが、今日は勢いで(ノ∀`)



何が凄いって、タネなんかどうでもよくなるくらい楽しいんですよ。

一言で言ってしまうと、彼のカリスマ性と人柄の良さと圧倒的で計算されつくした舞台演出。

日本ではショービジネスが定着しにくいので、どうしても公演を重ねるごとに経費が減り、派手な公演が打てなくなってきます。

日本において、舞台演出や世界観を徹底して表現し続けられている所なんて、おそらくごく一部のアミューズメントパークくらいしかないんじゃないでしょうか?



そして、ランスが舞台に子ども達を上げていう言葉がとても印象的でした。

「みんな1セントコインは持ってるかい?
 テレビの前のみんなも今のうちに用意してね。
 用意できた?
 じゃあみんな、そのコインをにぎりこんで、僕がおまじないをかけるから。
 ほら、ゆっくり手を開いてごらん。
 何も変化がない?
 いやいや、もうそれは魔法のコインなんだ。
 寝るときに枕の下にそのコインを入れてご覧、翌朝には1ドルになってるから。
 でも、寝る前にはちゃんとこれは1ドルになるコインなんだよ、テレビでマジシャンが言ってたって親に言うんだよ。」

なんてことないジョークなんですが、日本でこれをやると魔法は成立しないんだろうなって。

欧米において、マジシャンは尊敬されるべき人らしいです。

911以前は、マジシャンだと空港の税関のチェックも甘くなったとかならなかったとか……。

ですが、日本においてはマジシャンは胡散臭いイメージがついて回っています。

僕も演技中に通りすがりの子どもに
「だましてるんでしょ!」
なんて言われたり、
ショーのMCさんに
「今からマジシャンのまっさんがマジックを見せてくれるよ、タネがわかったら手を上げようね」
なんて言われたことがあります。

でも、この子どももおそらくディズニーランドでミッキーに同じ言葉を言わないでしょうし、
MCさんも自分の子どもにミッキーのチャックを探そうね、とは言わないでしょう。

でも、マジックは言われてしまう。



これは日本人の真面目な国民性や、マジック=種明かしと刷り込んできたメディアのせいもあるとは思いますが、一番大きい所は我々マジシャンが原因だと思っています。




過去においてステージマジックは、暗く怪しい雰囲気の中で、人体切断をしようものなら血のりが飛び散るような、ある意味見世物小屋的なものでした。

それを1845年、ローベル・ウーダンがこうこうとした照明の下、タキシードを着て紳士然としたショーを繰り広げ、今までの黒魔術的なイメージを払しょくしました。

こんにち、マジシャンと言うとタキシードにシルクハットなんてイメージは、ウーダンがいなければありえませんでした。

今の日本においても、ウーダンのような革命が必要なんだと痛感しています。



たとえクロースアップ(テーブル)マジックと言えど、マジックの持つ不思議さだけでは勝負にならない。

少なくとも、僕のマジックを見た人だけにでも、不思議さだけではないモノを伝えられるように、不思議なだけではない圧倒的な印象を残せるように精進を続けなくてはです。

マジックは不思議さを通して夢を与えなければ、一流のエンターテイメントと言えない!!




って、いかんいかん。
ついつい熱くなってしまった(ノ∀`)
長文に加えて乱筆乱文にお付き合いいただいてありがとうですよ、まっさんでした(*^▽゚)ノシ