暗香浮動月黄昏  あんこうふどうつきこうこん


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月もおぼろな黄昏時になると、香りがどことも知れず、ほのかにただよう。

林逋(りんぽ)「山園小梅」
疎影横斜水清淺 暗香浮動月黄昏
疎影そえい横斜おうしゃ水みず清浅せいせん、暗香あんこう浮動ふどう月つき黄昏こうこん。
林逋(967~1028)は宋代の詩人。字あざなは君復。諡おくりなは和靖。
暗香 … どこからともなく漂ってくるよい香り。
柴山全慶編『禅林句集』には、「林和靖の有名な梅花の詩句。梅影が水に映り、暗香が微かに流れる。現成そのまま悟りの妙景」とある。【疎影横斜水清淺暗香不動月黄昏】
『禅語字彙』には、「林和靖の、有名なる梅花の詩句なり」とある。【疎影横斜水清淺暗香不動月黄昏】



林逋 (北宋)
 林逋(りんぽ 967~1028)、字は君復。杭州銭塘(浙江省杭州)の人。北宋初期の代表的な隠逸詩人。若くして身寄りがなく貧乏で、苦学した。一生仕官せず、杭州西湖のほとりの孤山に隠居し、詩と書画を愛した。20年間町に足を踏みいれることがなかったという。生涯独身で過ごし、梅と鶴を伴侶とする生活を送り、当時の人々はこれを「梅妻鶴子」(梅は妻、鶴は子)と称した。その人柄を愛した仁宗が没後に和靖という諡をおくり、世に林和靖、和靖先生という。詩の多くは散佚したが、梅花と西湖の美しさをうたった繊細な作品で知られる。『林和靖先生詩集』がある。

 山園小梅  山園の小梅

衆芳揺落独嬋妍  衆芳 揺落して 独り嬋妍たり
占尽風情向小園  小園にて 風情を占め尽くす
疎影横斜水清浅  疎影 横斜して 水 清浅
暗香浮動月黄昏  暗香 浮動して 月 黄昏
霜禽欲下先偸眼  霜禽 下らんと欲して 先ず眼を偸む
粉蝶如知合断魂  粉蝶 如し知らば 合に魂を断つべし
幸有微吟可相狎  幸に微吟の相い狎るべき有り
不須檀板共金樽  須いず 檀板と金樽とを

〔詩形〕七言律詩 〔韻字〕妍(下平声・先韻)、園、昏、魂、樽(上平声・元韻)通押

○衆芳 百花をさす。 
○揺落 零落。 
○嬋妍 色彩が明るく、あざやか。ここでは梅の花を形容する。 
○「占断」句 小園の中の美しい風光は、すべて梅の花によって独占されてしまった。 
○風情 風光。 
○「疎影」句 梅の花の疏朗で横斜な枝の影は、清く浅い池の水にさかさに映っている。この句は梅の姿態を書き、視覚を用いている。 
○「暗香」句 梅の花の清くかすかな香気は、黄昏の月色の中にただよっている。この句は梅の花の香味を書いており、嗅覚を用いている。 
○霜禽 白い鳥。ここでは白鶴をさす。「霜」は、白い色をたとえる。 
○偸眼 盗み見る。 
○粉蝶 白い蝶。 
○合 「応」に同じ。きっと~に違いない。 
○断魂 消魂。ここでは、快活・神往の意味。 
○微吟 小声で詩句を吟誦する。 
○相狎 互いに慣れ親しむ。 
○檀板 拍子木。音楽を演奏する時に、拍子を打つ役目をする。ここではそれによって歌をさす。 
○金樽 貴重な酒杯。ここではそれによって酒を飲むことをさす。「檀板金樽」は、ここでは世俗の人が好む音楽と酒宴をたとえる。

 《孤山の庭園の小梅》

いろいろな花が散ってしまった後で、梅だけがあでやかに咲き誇り、
ささやかな庭の風情を独り占めしている。
咲き初めて葉もまばらな枝の影を、清く浅い水の上に横に斜めに落とし、
月もおぼろな黄昏時になると、香りがどことも知れず、ほのかにただよう。
霜夜の小鳥が降り立とうとして、まずそっと流し目を向ける。
白い蝶がもしこの花のことを知れば、きっと魂を奪われてうっとりするに違いない。
幸いに、私の小声の詩吟を梅はかねがね好いてくれているから、
いまさら歌舞音曲も宴会もいりはしない。

林逋の詩は晩唐の詩風の影響を受けており、山林の隠逸生活と閑適の情趣を多く書き、風格は淡遠清秀、筆法は細砕小巧である。「疎影横斜水清淺、暗香浮動月黄昏」の一聯は、「千古の絶調」と称えられている。この詩が一たび世に出て以後、林逋は詠梅の詩壇を独占することになった。