昨日行った明治神宮に
パワースポットがあったんですょ
「清正井」という所なんだけど
と言っても帰ってきて
気付いたから
実際には見てない
明治神宮は神域とされ
そのパワーの根源は
「富士山から出た気が流れる
龍脈上にある」
と言われ
神域である神宮内の
北端にあるのが「清正井」
自然の湧水である
「清正井」に
気が集まっていて
風水的にも昔から
いい場所だそうです
何でもこの井戸の写真を
携帯の待ちうけにしていると
運気があがるとか。。
見て撮ってくれば良かった~
どんな井戸かというと

ここは湧水の井戸で
東京都の調査で水温は
四季を通じて15度前後と
一定していて
毎分60リットルの水量があり
昔から「清正井(きよまさのいど)」と
いわれ加藤清正が
自ら掘ったとされているそうです
加藤清正?
って私は詳しく
知らないです
清正は安土桃山・江戸初期の
武将で朝鮮出兵での
「虎退治」の話は有名で
かなりの大男だったとか・・
名高い武将であると同時に
城造り・治水・干拓の技術にも
優れていて「築城の名人」
(熊本城・名古屋城)、
「土木の神様」とも
称されていたそうです
「清正井」のある
この地は江戸時代
加藤家の下屋敷があり
加藤清正の子・忠広が
住んでいたことは
間違いないようですが
清正本人が住んでいたかは
定かではないようです
まもなく加藤家が絶え
その後井伊家の
下屋敷となってからも
清正にまつわる伝説が伝えられ
萩の庭には清正が
朝鮮で虎を槍で突いた時の
血しぶきが竹の幹に
斑についたとされる
「清正将来の虎斑竹〈とらふだけ〉」
(本当は「雲紋竹」と
言われる竹の種類)や
清正が園内散歩の折り
腰掛けて休憩したと言われる
「清正の腰懸石」があり
この石に座ったり
さわったりすると瘧
(おこり・一般にマラリアを指す)に
なるといわれます
また清正の「手弄石」という
大きな岩があったとそうですが
どの石のことか不明で
一説には腰懸石ではないかと
されています
それらの中で最も有名なのが
清正が掘ったとされる「清正井」
造営当時すでに
横井戸(普通は竪井戸)で
あることは解っていたそうですが
水源はどこなのか
またどのようにして
流れてきているのか
まったく不明だったそうです
昔から特殊な技巧で
水が湧出するのだと考えられ
今は枯れてないそうですが
井戸の近くにあった
大杉の根元あたりに
何か特別の調節装置が
設けてあって
そこへ一旦水を溜めて
それが自然に噴出するような
仕組みになっていると考えられ
そのような特殊な井戸を
作れるのは「土木の神様」と
いわれた清正しかいないとする
伝説が生まれたようです

戦前には熊本より
加藤清正の研究家が上京し
清正伝説の中に
清正の掘った井戸ならば
9箇所の隠し井戸があるはずと
付近を実地調査したものの
発見できなかったそうです
この井戸は年間を通じて
涸れることがなかったのですが
造営当時まわりの木を
伐採・移し替えたら
一時水が枯渇したので
またあわてて樹木を
植え移し戻したら
元のように水が
出始めたそうです
本当に清正が掘ったかどうかは
不明ですが、
昔からこの地に
たくさんの清正伝説が
あることは何らかの
深い関係があったのかも・・
ちょっと
実際に見てみたいので
今度行ってきます
良い運気が
得られますよーに
という事で動画を貼っておきます
ペタボタン

パワースポットがあったんですょ
「清正井」という所なんだけど
と言っても帰ってきて
気付いたから
実際には見てない
明治神宮は神域とされ
そのパワーの根源は
「富士山から出た気が流れる
龍脈上にある」
と言われ
神域である神宮内の
北端にあるのが「清正井」
自然の湧水である
「清正井」に
気が集まっていて
風水的にも昔から
いい場所だそうです
何でもこの井戸の写真を
携帯の待ちうけにしていると
運気があがるとか。。
見て撮ってくれば良かった~
どんな井戸かというと

ここは湧水の井戸で
東京都の調査で水温は
四季を通じて15度前後と
一定していて
毎分60リットルの水量があり
昔から「清正井(きよまさのいど)」と
いわれ加藤清正が
自ら掘ったとされているそうです
加藤清正?
って私は詳しく
知らないです
清正は安土桃山・江戸初期の
武将で朝鮮出兵での
「虎退治」の話は有名で
かなりの大男だったとか・・
名高い武将であると同時に
城造り・治水・干拓の技術にも
優れていて「築城の名人」
(熊本城・名古屋城)、
「土木の神様」とも
称されていたそうです
「清正井」のある
この地は江戸時代
加藤家の下屋敷があり
加藤清正の子・忠広が
住んでいたことは
間違いないようですが
清正本人が住んでいたかは
定かではないようです
まもなく加藤家が絶え
その後井伊家の
下屋敷となってからも
清正にまつわる伝説が伝えられ
萩の庭には清正が
朝鮮で虎を槍で突いた時の
血しぶきが竹の幹に
斑についたとされる
「清正将来の虎斑竹〈とらふだけ〉」
(本当は「雲紋竹」と
言われる竹の種類)や
清正が園内散歩の折り
腰掛けて休憩したと言われる
「清正の腰懸石」があり
この石に座ったり
さわったりすると瘧
(おこり・一般にマラリアを指す)に
なるといわれます
また清正の「手弄石」という
大きな岩があったとそうですが
どの石のことか不明で
一説には腰懸石ではないかと
されています
それらの中で最も有名なのが
清正が掘ったとされる「清正井」
造営当時すでに
横井戸(普通は竪井戸)で
あることは解っていたそうですが
水源はどこなのか
またどのようにして
流れてきているのか
まったく不明だったそうです
昔から特殊な技巧で
水が湧出するのだと考えられ
今は枯れてないそうですが
井戸の近くにあった
大杉の根元あたりに
何か特別の調節装置が
設けてあって
そこへ一旦水を溜めて
それが自然に噴出するような
仕組みになっていると考えられ
そのような特殊な井戸を
作れるのは「土木の神様」と
いわれた清正しかいないとする
伝説が生まれたようです

戦前には熊本より
加藤清正の研究家が上京し
清正伝説の中に
清正の掘った井戸ならば
9箇所の隠し井戸があるはずと
付近を実地調査したものの
発見できなかったそうです
この井戸は年間を通じて
涸れることがなかったのですが
造営当時まわりの木を
伐採・移し替えたら
一時水が枯渇したので
またあわてて樹木を
植え移し戻したら
元のように水が
出始めたそうです
本当に清正が掘ったかどうかは
不明ですが、
昔からこの地に
たくさんの清正伝説が
あることは何らかの
深い関係があったのかも・・
ちょっと
実際に見てみたいので
今度行ってきます
良い運気が
得られますよーに
という事で動画を貼っておきます
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