飯島愛さんの訃報を知ったのは


24日の夜、子供から聞かされてでした。


えっ・・何で?


信じられない気持ちでテレビのニュースやワイドショーを


かじりつくように見ていました。




今現在、病死か自殺か


まだ分からないみたいですけど


自殺であってほしくないです。




まだまだ、これから活躍していける人だったのに・・




どこか自分と似てて


テレビでは、あんなに斬新に物事を言って


明るい人だったのに


いろんな悩みを抱えていたのですね。




飾らず自分の事をさらけだせても


心の中の思いや気持ちを


全て出せないんですよ。




どっかで、ポロリと弱音を吐けても


それは、ほんの一部であって


心の奥にある感情は出せないんです。


自分自身の経験してきた事とかは


言えても感情は逆に


さらけ出せない。


だから、大丈夫?とか


寂しくない?って


聞かれると大丈夫とか


寂しくないよって言ってしまう。


本心ではないんです。それは・・


ある意味、素直じゃないのかもしれないけど・・




でもね・・そういう時って


素直になりたくても


なれないんです。


聞かれた時は特に・・




私の場合、何故かと言うと


悩んでいる事柄についての気持ちや


って言うより感情を、そのまま出してしまうと


自分自身で収拾がつかなくなってしまうんです。






どこか、虚勢をはってないと


保っていたものが、崩れてしまうんです。




だから、自分ではけ口を探し求める


私にとって、それは、一冊のノートでした。


そこに、自分の気持ちを全て書き


自分で自分にエールを送る。


今でも、そんなのの繰り返しです。




私には、子供もいて、全くの孤独ではないけれど


飯島愛さんが、寂しいと言ってた思いに


共感できます。


女が一人で生きていくという部分では、同じだし


不安やら、迷いなんかを


そばで聞いてもらいたい・・


言える人がいない。




常に自分が舵を取り、進んで行かなければならない。


それって、かなり精神的にくるものです。




このままじゃいけない、どうにかしなくちゃ・・


って、いつも焦ってる。


心、休まる事が、実際にはないんです。




もしかしたら・・飯島愛さんも、そんな心境だったのかな・・


その上、体の調子もよくなかったのであれば


いろんな心労から


薬の服用を間違ってしまったのかな・・


なんて、勝手に私は、思ってしまいます。




でも、その死因がわからないために


解剖やら病理的な検査で


いすまでも体を傷つけれるのも


かわいそうな気がします。




うちの元ダンナも突然死だったけど


入院してたので家族の要望が無い限り


司法解剖はしませんでした。


はっきりした死因が分からない事に


釈然としなかったけど


死因を調べたところで


その人が生き返る訳でもなく


残された者にとっての理由だけにすぎないんですよね。




そのために、故人の体に傷をつけるのも


かわいそうって思いました。




飯島愛さんの場合自宅で一人亡くなっていたので


いろいろと、そのような事が必要なんだと


思うけど・・




でも、早く検査も済み、死因がわかって


落ち着いて眠らせてあげたいな


って思います。






安らかに眠って下さいね










飯島愛さんのご冥福を


心よりお祈りもうしあげます。