一気の日の出でした。
全く迷いがありません。
窓々からどっと流れ入ってきた光で
私の今日が幕を開けました。
また一日分のキャリアを積まなくちゃ
忘れずに廻ってくれるお日様に申し訳ない。
さあ大変。ああ楽しい。
サイクリングの日ですって。。
サイクリングといえば
子供達の自転車が一気に2台盗まれたことがある。
どちらもお気に入りの特徴がある肝いりマシーンだったのに
一気に持ってかれてしまった。
主なき駐輪場を力なく眺めたひと時を
今も鮮明に思い出すことができる。
高校の通学許可証が貼られたあの自転車は
今どこにあるのでしょう。
防犯登録もしてあったから
あるいは海を渡ったりしているのかも・・。
せめて今も愛されて活用されていてほしい。
私達が知らないきれいな景色の中を
どこまでも風を切ってサイクリングしていればいいなと思う。
自転車と言えば
この度ヘンリー王子とメーガン妃の慶事に沸いたイギリス。
そのイギリスが生んだロックバンドQueenの珠玉の一曲Bicycle Race。
ほぼ全裸の美女たちがハイテンションで自転車を操るという
当時なかなかに物議をかもしたMVで世に出た。
そのBicycle Race同様に
Queenの4人が紡ぎだした名曲の数々は
今やスタンダーになって
色々な場面で様々なアレンジで使われている。
私は特に
フロントマンだったボーカルのフレディー・マーキュリーが好きだった。
フレディーは大変な日本びいきだったので
列島狂喜の来日公演にこそ子供過ぎて行けなかったけれど
いつか会えるいつか会える・・と
妙な自信があって暮らしていた。
ところがご存知の通り
フレディーは1991年45歳という若さで亡くなってしまった。
フレディーの様子があまり芳しくないことは
色々なメディアから漏れ伝わってきていたが
ある日朝刊(地元紙!)を広げると
フレディー自身がエイズであることを公表したという記事が
バーンとバババーンと掲載されていた。
それだけでも地に足がつかなかったのに
翌朝の朝刊には
フレディーの死亡記事が掲載された。
怒涛の二日間.。
私にどうしろと言うのだろうと
ただただうろたえた。
会えるはずだったのに
どうしてもっと自分を大切にしなかったと
いつも心の中にいるリトルフレディーに
思いつく限りの恨み言をならべてみた。
当時私は
年端もいかない子供たちを抱えて
絵に描いたようなオンボロ集合住宅で
これ以上ないほどの所帯じみた生活をしていた。
そこに世界の&私の大スターフレディーの死亡ニュース。
このギャップ。
高低差ありすぎて耳キーンどころじゃない
大気圏突入で燃え尽きる勢いの高低差。
それまで私はフレディーと自信をもってつながっていた。
同じ世界にいるのだからいつか会えると。
会えないわけがないと。。
そんな私に先日
フレディーとQueenのすごいニュースがもたらされた。
それもフレディー死亡当時ヨチヨチだった子供から。LINEで。
なんとなんと11月にバンドの軌跡を追った映画が公開されるのだという!
タイトルは「ボヘミアンラプソディー」。
オールキャストで制作されているらしいが
予告のチラ見せではメンバーがそっくりすぎて驚愕。
11月11月11月が楽しみ過ぎる!
思えばこんな風に
目の先の未来に希望の点を置いては
そこまでを一日一日伸ばしていった日常の線でつないでいる。
その希望の点が近くに見えてくる頃には
良くしたものでさらに先にまた希望の点を置けている。
日常には一喜一憂があるけれど
振り返ってここまでつなげて来た点と線を見ると
点がひときわ輝いていることは言うまでもないが
つないだ日常の線がその日の一喜一憂で点滅していて
なかなか傑作なイルミネーション。
これは私のオリジナル作品。
悲しみも喜びもひっくるめて愛おしくキラキラしている。
希望の点は置けていますか?
置けていれば大丈夫。
今日という新しい一日を前のめりに前進するだけです。
まだ見ぬパートナーを希望の点として
そこまで線を引いていきませんか。
その輝きに向けた最短距離に定規を当てるアシスタントが私です。
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