モントリオール・カナディアンズにとって失望のシーズンが終わり、疑問だけが残った。その疑問は来年、そしてそれ以降のチームの将来について、そしてマネジメント、コーチ、選手達についてである。これらの疑問は、カナディアンズが今年プレイオフ進出を果たすためにはどうしたらいいか?という大きな論点に至った。
カナディアンズGMのボブ・ゲイニー、ヘッドコーチのギイ・カルボノへの提言は不足していたわけではない。このデジタル化時代において、ゲイニーとカルボノは彼らの前任者達が得られなかった詳細な情報を扱うことが出来る。それに加えて、いつもモントリオールメディアを介して多くの“エキスパート”達が毎日ラジオで聞いたり、自らの意見をインターネットに投稿している。
一見すると、彼らは“意見”を放送されることが出来、そしてそれは世界中に配信され、全ての決定、全てのトランスアクション、本当か想像上のものか問わない噂話は何度も何度も繰り返し議論され、チームはいつもまるで顕微鏡で観察されているかのようである。皆は突然エキスパートになり、湧き出るような知識を持つのだ。
カナディアンズがプレイオフ争いに敗れてから、“エキスパート”達は自らの情報をシャープにした。レギュラーシーズン敗退は、自分達がチームを変えられ、それはHabsの世界にとって正しいことだと感じている人々を一時的に静まり返らせただけだった。巷に溢れかえった忍耐の美徳という感覚は捨て去られ、過去に起こった出来事はすぐ忘れ去られた。
この夏にメディアとインターネットで主に議論された話題は、まだ1分もNHLでプレイしていない19歳のゴールテンダーについてだった。すでに多くのカナディアンズファン達から救世主と目されているキャリー・プライスは、期待されているレベルに到達できないかもしれないという状況に直面している。
人生において確実なことは、期待には限度がないということである。様々なカナディアンズファンのチャットルームに目を通すと、プライスへの大きな期待は、彼がハミルトンにあるモントリオールのAHLアフィリエイトを、予想だにしなかったカルダーカップチャンピオンへと導いた頃から急上昇したようである。
ここに、これらのスレッドがどのようにしてあっという間に相応から不相応に移り変わったのか、その例を示す。
キャリー・プライスはNHLでプレイする準備が整っているのか?
キャリー・プライスは来季のスターターになるべきなのか?
キャリー・プライスは2008年にモントリオールをスタンレーカップ獲得へと導けるのか?
キャリー・プライスはパトリック・ロワのように成功を収めることが出来るのか?
これら全ての話題やプライスがカナディアンズの救世主になるという推測は失われ、ファンがカナディアンズのゴールテンディングがとても悲惨な状況だと思って言い訳をするかもしれない。ファンはカナディアンズがすでにオールスターに選出されたゴーリーを抱えていると思っていないだろう。
まさに彼らは忘れていた。彼の名前はクリストバル・ユエ。
クリストバル・ユエはキャリアを通して幾度となく単なる補足的な選手として考えられてきた。2001年のドラフトで全体214位で指名された彼は、トレードでラデク・ボンクを獲得した時の単なる付属選手として見られていたのだ。
しかし、彼は突然カナディアンズが2006年にプレイオフ進出を果たした時の原動力となった。
彼はそのような存在になるべくしてなったのではない。2005-06シーズンの序盤、ジョゼ・セオドアはモントリオールの確固たるスターターとしての地位を築いていた。2002年にハートとヴェジナの両トロフィーを受賞した後、セオドアはここ3年でカナディアンズをセカンドラウンドへ2度導いたことで、2004年に再びリーグの優秀なゴーリーだということを見せつけた。
ロックアウトの後、セオドアは2005-06シーズンもカナディアンズを牽引していくものと見られていた。しかしそうならなかった。原因は未だ不明であるが、彼はスランプに陥ったようだった。カナディアンズが彼の復調を辛抱強く待っていたというのは控えめな言い方で、やはり彼はフランチャイズ選手だったのだ。
カナディアンズが危機に陥っている中で、予想もしていなかった救世主が現れた。セオドアがスランプに陥っている間、無名のユエは輝きを放ち、やがてゴールテンディングの論争が巻き起こった。
ユエは活躍し続けている時、セオドアのスランプは続き、やがて様々な問題が彼の私生活にも現れ始めた。セオドアの抱える問題は彼の精神をさらに錯乱させ始め、ユエは全く新しいレベルでプレイしていた。
2月にカナディアンズの月間MVPに選ばれた後、さらにユエは3月の第1週にNHLの週間MVPに選出され、同様に4月の第1週にも選出された。
セオドアが自宅で氷で滑ってアキレス腱を痛めたのは不吉な前兆であった。ユエは自身を誰もが認めるスターティングゴーリーであると主張し、セオドアは私生活の問題が一体となって、リーグで最高値のバックアップとなった。ユエに確信を持ったゲイニーは2006月3月8日にセオドアをコロラドへ送ったのだった。
ユエはチームをプレイオフに導くという最高の成績でもって、ゲイニーの期待に応えた。明らかにチームのMVPだったユエは36試合で7つのシャットアウトを挙げ、NHLの最高セーブ率賞であるロジャー・クロージャー・セービング・グレース賞を受賞した。彼の新たな成功の確証として、ユエはチームメイトの推薦を受けてマスタートントロフィーにカナディアンズからノミネートされた。
プレイオフファーストラウンドでカロライナに敗退したにも関わらず、誰一人としてユエが最高セーブ率賞受賞通りの活躍を見せた上でのチームの敗退を非難しなかった。シーズンが終了した後、チームはユエにシーズン活躍の見返りとして3年契約をオファーした。代わりにユエは2年契約でサインし、一時的な成功にすぎないという周囲の意見を払拭することを望んだ。
2006-07シーズンの序盤、ユエはカナディアンズのトップゴーリーだった。スロースタートではあったが、彼がスターターであると再び示すのに時間は掛からなかった。シーズン中盤に入るとユエは17勝8敗3OT負け、失点率は2.46、セーブ率は92.7%という成績を収め、2年連続でクロージャー賞を争い、カナディアンズをイースタンカンファレンスのトップ8にのし上げるなど、1年前の劇的なシーズンを彷彿とさせる活躍を見せた。
ユエはオールスターに選出され、カナディアンズのゴーリーとしては1969年以来4人目となるオールスター選手となった(他にはケン・ドライデンが5度、パトリック・ロワが6度、ジョゼ・セオドアは2度出場している)。
1月24日のオールスター戦に出場した後、チームとユエは底が抜けてしまった。彼は残りのシーズンで2勝以上挙げることが出来ず、8敗を喫した。2月13日にニュージャージーで負傷した彼は2ヶ月近くも故障者リストに加えられ、チームはプレイオフ争いから急落した。
ユエはシーズン最終戦、トロント・メイプル・リーフスとの重要な1戦で勇敢にも復帰した。不幸にもカナディアンズはリーフスに敗れただけでなく、プレイオフレースから振り落とされることになった。
こうしてユエのプレイと過去に成し遂げてきた偉業はメディアによってほとんど忘れ去られ、ファンは白馬の騎士、キャリー・プライスに注目した。
最初に、ちょっとした観点だが、シーズン後半にチームとユエがスランプに陥っていたにも関わらず、ユエはライアン・ミラー、マーク・アンドレ・フルーリー、マーティ・ターコ、ドミニク・ハシェク、キャム・ワード、ドゥウェイン・ロロソン、エド・ベルフォア、ヴェッサ・トスカラ、ニコライ・ハビブリン、オラフ・コルジグ、メニー・フェルナンデス、そして最後にジョゼ・セオドアよりも高いセーブ率を保っていた。
ある人は、ユエの負傷がカナディアンズがレギュラーシーズン敗退の最も大きな要因だと論じるかもしれない。言うまでもなく、彼がチームのために少なくともあと2ポイントは獲得出来たと信じることは不可能である。結局のところ、モントリオールがプレイオフに進出を果たせたのか出来なかったのかには差がある。やはりカナディアンズが前年プレイオフに進出したのは、ユエのプレイによるところが大きいのだ。
クリストバル・ユエは過去2年間カナディアンズで見せてきたパフォーマンスによって、NHLトップクラスのゴールテンダーとして定着している。彼がキャリー・プライスよりも優れたゴーリーかどうかは、来年、そしてそれ以降に証明されるだろう。そしてファンはプライスに次代の伝説的ゴーリーの称号を与える前に、彼がオールスターゴーリーに取って代わることが出来るのかを確認しなければならない。
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T・C・デノー
記事→HabsWorld 。