この記事は、Benchmarkのこの記事をもとにしたものです。
下記の「図」はこの記事(YouTube)の中のものです。
オーディオ再生において「歪み(distortion)」という言葉はよく耳にします。しかし、その歪みは私たちが日常のリスニングで本当に“聴こえて”いるものなのでしょうか?
Benchmark Media の公式ブログに掲載された記事「How Loud is the Distortion from Your Power Amplifier?」は、この疑問に対して極めて論理的に答えています。特に、記事内およびYouTube動画で示されたグラフ群は、従来のオーディオ評価とは一線を画うべす視点から構成されており、大変示唆に富んでいます。
1. 音圧 vs 出力ワットのグラフが語る「聴こえない歪み」
最大の見どころは、**縦軸に「音圧レベル(SPL)」、横軸に「パワーアンプの出力ワット数」**を取った一連のグラフです。
従来、アンプの歪み率は THD+N(全高調波歪み+ノイズ)として % 単位で示されるのが通例でしたが、Benchmarkはこの歪みを**“リスニング空間で実際にどのくらいの音量で耳に届いているか”**という切り口で捉え直しています。
このグラフにより、たとえばノイズフロアが30dB程度の静かな部屋では、0.001%の歪み=-100dB相当の歪み成分は、実質的に「聴こえない」ことが視覚的に理解できます。
これは、一定レベル以下の歪みが理論上は存在しても実質的に知覚不可能であることを明確に示しています。
逆に、THD+N次第により、たとえ話的にはリスニングルームに洗濯機を置いたのに相当する音圧レベルになることをありうることを示しています。
2. 音質に影響するのはどこからか?── DACより、アンプより「部屋」
この記事のもう一つの大きなポイントは、音質への影響度の大小を、信号経路の上流から下流まで俯瞰した視点で整理している点です。
Benchmarkが示したモデルによれば、音質に影響を及ぼす要因は次のような順で重要度が高くなります:
- 部屋の音響特性(最大の影響)
- スピーカーの特性
- パワーアンプの能力と動作
- プリアンプやDACの性能
- スピーカーケーブルなど配線(ほとんど影響しない)
この順序は、一般的なオーディオ愛好家が注目しがちな「DACやケーブルの違い」が、実際には音のリアリティや正確さに与える影響が小さいことを意味しています。
一方で、スピーカーの設置位置や部屋の反射・定在波対策こそが最優先であるという主張は、私自身の Dirac Live の使用経験とも強く一致しています。
▶ 図の解説
■ 図1:「歪みはどのくらいの音量で聴こえているか?」
この図は、歪みが実際のリスニング音圧でどのくらいの大きさになっているかを示します。たとえば、90dB SPLでリスニングする場合、THD+Nが0.01%のアンプでは、歪み成分はおよそ50dB下、つまり40dB程度でしか鳴っていない計算になります。
これは室内の環境音(冷蔵庫、空調など)と同程度かそれ以下であり、実質的に“聴き取れない”レベルであることが一目でわかります。もちろんTHD+Nとワット数次第で、それらを超える音圧になることも示しています。
■ 図2:「音質への影響マップ」
もうひとつの図は、音質に対する影響度を棒グラフ的に比較したものです。
・部屋(Room)
・スピーカー(Speaker)
・アンプ(Amplifier)
・DAC / Preamp
・スピーカーケーブル(Wires)
この順に並び、部屋とスピーカーで大部分の音質が決まり、アンプやDACはそれを支える存在であることが明示されています。
特にスピーカーケーブルは、**「ほとんど影響がない」**という位置づけになっており、高級ケーブルへの過度な投資に対して再考を促す内容になっています。
まとめ
このBenchmarkの記事は、オーディオにおける「歪み」や「音質劣化」を、定量的かつ聴感的に捉え直す非常に価値ある提案です。
とりわけ、音の違いは部屋で決まり、アンプやDACはその次であるという事実は、多くの再生システム設計のヒントとなるはずです。
また、記事内の図表は非常にわかりやすく、必要に応じて自身の環境(例:スピーカー能率・試聴距離・音量)に置き換えて考えることも可能です。
再生音の「違い」の理由に悩んでいる方に、ぜひ一読をおすすめしたい記事です。