【日時】令和2年11月7日(土)(その3)
【行程】→久慈→(レストラン列車・東北エモーション復路)→八戸→一ノ関駅・・・宿

【詳細】

E 久慈~八戸 東北エモーションにてスイーツを楽しむ


定刻となり、東北エモーション(復路)は久慈駅を出発。
復路の東北エモーション車内では、スイーツを堪能することができた。
本来、バイキング形式であるが、新型コロナウィルス感染防止のため、アテンダントクル
ーへの注文制をとっていた。わたしは、すべての種類のスイーツを頼んで、食してみたが、
どれもおいしかった。























F 久慈~八戸 東北エモーション(復路)の車窓の景色を楽しむ

東北エモーションの車窓からは種差海岸の日暮れの美しい景色を目にすることができた。
夕暮れの景色の車窓鑑賞や、スイーツ・ドリンクを口にしてるうちに、東北エモーションは終着駅
の八戸駅へ到着し、東北エモーションを下車。東北エモーションの旅はとても満足できた。

わたしは、八戸駅にて、東北エモーションを同乗した友人と別れ、東北新幹線やまびこ号に乗った。
そして、一ノ関駅(岩手県)にて下車し、駅近くのビジネスホテルにいき、チェックイン。そして、
すぐに就眠した。




























【日時】令和2年11月7日(土)(その2)
【行程】→八戸→(レストラン列車・東北エモーション往路)→久慈
        →(レストラン列車・東北エモーション復路)→八戸→

【詳細】
C 八戸~久慈 東北エモーションの車窓の景色を楽しむ(海編)


出発時刻となり、東北エモーションはJR八戸駅スタッフの見送りを
受けながら、八戸駅を出発した。しばらく八戸の街中を走ったのち、
「鮫(さめ)駅」を通過し、三陸復興国立公園であり、国指定名勝の
種差海岸ぞいを走った。

当日、晴天であり、東北エモーションの車窓から見える青い空・海は
絶景であった。時折、観光情報を伝える車内アナウンスがあったり、
乗客に素晴らしい景色を見てもらうため、列車のスピードを遅くして
くれる心づかいがあり、とてもうれしかった。

また、東北エモーションが海岸沿いを通過した際には、「大漁旗」を
振りながら地元の方々が出迎えてくださり、とても感動した。(なお、
大漁旗を振っている地元の方々に呼応するように、海上にいるサーフ
ァーもサーフボード上から手を振ってくれていたのも大変よかった)































D 八戸~久慈 東北エモーションの車窓の景色を楽しむ(紅葉編)

北エモーションは、種差海岸一帯を通過後、赤や黄色に色づいた山
々、林の中を通過。温かい日の光に照らされた紅葉はとても美しかった。











あっという間に、終着駅の久慈駅へ到着。復路の東北エモーション出
発の待ち時間に、久慈駅近くの道の駅へいき、時間をつぶした。


▲写真 到着した久慈駅ホーム


▲写真 久慈駅舎


▲写真 久慈駅から徒歩5分ほどの場所にある道の駅内にあったモニュメント

【日時】令和2年11月7日(土)(その1)
【行程】
 0日目(11/6)地元駅→仙台駅・・・宿
 1日目(11/7)仙台駅→八戸→(レストラン列車・東北エモーション往路)AB


【詳細】
A 八戸 東北エモーションに乗車する


11月6日金曜日、職場を定時退社後、地元駅から普通電車に乗り込んだ。
3時間ほど乗車して仙台駅へ到着後、駅近くのビジネスホテルにチェ
ックインし、すぐに就眠した。

翌朝、仙台駅から東北新幹線はやぶさに乗車して、八戸駅にて下車
(えきねっとお先に特ダネスペシャル利用)。八戸駅そばのドトー
ルコーヒーにて朝食・読書をし、しばらく時間を過ごした。その後、
八戸駅普通改札口前にて、一緒に乗車する友人と合流して、駅ホー
ムへ向かった。

八戸駅ホームには、すでに3両車両のレストラン列車・東北エモー
ションが入線していた。キップの確認終了後、アテンダントクルーの
丁寧な応対のもと、東北エモーションの指定席(本旅行では個室座
席を予約)へ着いた。

車内装飾については、先日、乗車したロイヤルエクスプレス号(横浜
~伊豆急下田)と比べて、きらびやかではないものの、落ち着いた色
調であり、わたし自身、料理や車窓の景色を楽しみながら、ゆったり
と列車の旅をするうえでは、東北エモーションはより適していると感じた。





















B 八戸~久慈 東北エモーションにて食事を楽しむ

素晴らしい車窓の景色を眺めている間、東北エモーションの車内では、
アテンダントクルーさんがつぎつぎとコース料理を運んできてくれた。
前菜のアソート、サラダ、スープ、メインディッシュ、プティフール
のいずれもおいしくいただくことができた。ドリンクは、アルコール
(発泡酒、赤白ワイン、ビール)を含めてフリードリンク制だった。