この日は加須駅へお買い物に来ています。
目的はもちろん「閉店するかぞマインの東武ストアでお買い物」です。
閉店で見れなくなりそうなものを記録。まずは駅舎通路のマインのロゴマーク。
「暮らしの始発駅」の広告。この二つはおそらく加須駅が橋上駅舎になってからずっと設置されてるものだと思います。
そんな暮らしの始発駅も、いま終点へ…。
かぞマイン40年間の歴史。1階の東武ストア脇フリースペースに設置。
1990年の時点でうどん王国を作ろうとしてたのおもろ。確かに加須はうどんが有名ですけど…、最近になってやり始めたわけじゃないんですね。
加須駅とかぞマインに関する写真展。出展は東武博物館と東武鉄道。1階と2階にそれぞれ掲出されていました。こちらは1階掲出分。
1955年に撮影された加須駅。通過する貨物列車はED4010形牽引でしょうか。無蓋車2両の後ろにホキを連ねてますねぇ…。
ED4010形は1961年にはシールドビーム化されているので、改造前の姿の写真は珍しいです。
1976年の加須駅の駅舎。
当時は北口だけ駅舎があって、上りホーム(久喜方面)に繋がってたとか。下りホーム(館林方面)に行くには跨線橋を登る必要があったとか(当時の航空写真を調べると両端に1箇所ずつ設置されてた)。
・・・母がよく「昔はかぞマインの場所に貨物駅があって、よく父(=私で言うと祖父)に連れられて貨物列車を見に行った」と話すことがあるのですが…
確かに今のかぞマインがある場所に引き込み線?のような配線や建物?があります。
でも…こればかりかは当時の写真がないとわかりませんね…。
もしかしたらED4010形やED5000系列も加須駅で働いていたり?構内に無蓋車が置いてある写真があるくらいなのでもしかしなくても…と、淡い期待を寄せてしまいます。
1985年11月22日、加須駅が橋上駅化するとともに、新設した駅ビルに東武ストアを軸とする「かぞマイン」がオープン。
さらに、橋上駅舎化に併せて南口とロータリーを開設。騎西・鴻巣方面へのアクセスが便利に。
橋上駅舎になるまでは『地下通路』を使わないと線路を挟んで隔てられた南北の通り抜けができなかった訳ですが、それが解消されたわけですね(今も自転車用ルートとして地下通路は残存)。
当時の社内報で大きく取り上げられるほどすごい出来事だったみたいですねぇ。
・・・
あれからおよそ40年…。
加須駅と連絡する2階はテナントが入らなくなったエリア(北口出入り口の真上)は台車でバリケードを築かれ閉鎖。
塾やクリニックなんかもいつの間にかなくなってたんですね…。
3階からも加須駅に連絡できるようにエスカレーターが設置されていたはずですが、そこも出入り口ごと閉鎖。
8年くらい前に行った頃から2階のトイレが故障で使えなくなったので、3階バッグヤードのトイレを使わざるを得なくなった時は本当に嫌でしたねぇ…。
灯りは薄暗くて気味が悪くて、エスカレーターは1台使用停止になってて(2階のバリケード左脇のシャッターで閉ざされた部分に3階から降りれるエスカレーターがあった)、トイレは80年代よろしくタイル敷き。雰囲気がもう全面的にヤバくて…。後ろから人が来ないかとか、停電しないかとか、いつもヒヤヒヤしながら用を足してました…。というか、用を足す前に雰囲気で漏らしそうでしたねぇ…()
2階の衣料品売り場は日が進むごとに扱う商品が減り、什器が片付けられていました。
閉鎖間際になってこんなに広かったことを実感するとはね…。
今まで使っていた什器は台車に乗せられシューズコーナーに集約。
ここも昔はテナントが入ってたんでしょうね。
3Fに入居しているキャンドゥはかぞマインと共に閉店予定。半額セールをやってましたね(流石に食料品は対象外)。
閉店まで在庫を切らせまいと倉庫から在庫をあるだけ取り出して補充してました。この時はもうすぐ梅雨だってのにクリスマスの商品を出してましたなぁ。
ちょっと前に装飾類をリニューアルしたばかりだってのに…まさかすぐに閉店するとは。
ちなみに向かいに入居しているカーブスはテナント閉店に先駆けて5月30日に閉店予定。
幼い頃から使っていたお店の最期に悲しくなりつつ、キャンドゥと東武ストアでお買い物をして帰宅。
















