(原作)「約束の花」 | 重ねの夢 重ねの世界 ~いつか、どこかのあなたと~

重ねの夢 重ねの世界 ~いつか、どこかのあなたと~

あなたの夢とわたしの夢が重なる時…もうひとつの「重ねの世界」の扉が開く


「約束の花」  文:松田 弓 (2012.7)

 

昔々、吉野の山おくに、小さな鬼が、ひとりぼっちで棲んでおりました。

鬼は山の木の実や山菜を食べて暮しておりました。
けれども、山の恵みはわずかばかりでしたので、鬼のお腹が一杯になることは一度もありませんでした。

鬼は都へ行ってみようと思いました。
都に行けば、美味しいものが沢山食べられるに違いありません。

山を降りて都に着いた鬼は、賑やかな町の様子に目をみはりました。
人々は綺麗な着物を着て、綺麗な家に住み、楽しそうに見えました。
大きな通りの店先には珍しい品々が並んでいます。見たことのない美味しそうなご馳走もいっぱいです。

鬼は都の人々が羨ましくてたまらなくなりました。

大きな家も、キラキラ光る金銀も、七色に輝く宝石も、人間達の何もかもが欲しくなりました。
そこで鬼は、人々を脅して家を奪い、錦の着物をまとい、毎日ご馳走を食べて暮しました。
それでもやはり、食べても食べてもお腹はいっぱいになりませんでした。

ある日、峠の村を歩いていると、大きな桜の木がありました。
木の下では、村の子どもたちが、 ぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えました。
飛びはねながら、両手を高く伸ばし、何かを掴んでおりました。

鬼は子どもたちに駆け寄って言いました。

「おい、その手の中のものを、ぜんぶ、俺によこせ!」
子ども達が握っていたのは、小さな桜の花びらでした。

風に散り、土に落ちる前の花びらをつかまえると、願いごとが叶うというのです。
「なんだ、桜の花びらか。花びらなんか、つまらねえ。」


その時、峠の茶屋で、美味しそうにお饅頭を食べている親子が目に入りました。
「俺は桜の花びらなんかより、あの饅頭のほうがずっといいぞ。」
鬼はありったけのお饅頭を持ってこさせ、がつがつとむさぶり食べました。
それでもやっぱり、いくらたくさん食べてもちっともお腹が一杯にならないのでした。
「いったい、いくら食ったら腹がいっぱいになるんだ!」
怒った鬼は、最後に残ったひとつを地面に叩きつけました。
お饅頭は、泥だらけになりました。

地面に転がったお饅頭をにらんでいると、すぐそばで声がしました。
「どうしたの? お饅頭を落としたの?」
小さな女の子でした。
「お腹が空いているのね。それなら私のを半分あげる。はんぶんこすると美味しいよ。」
女の子はお饅頭を二つに割り、そのひとつを鬼に手渡して、残りを自分で食べました。
つられて鬼も食べました。
「はんぶんこすると、美味しいね。一緒に食べると美味しいね。」

女の子はにっこり笑って言いました。

鬼は驚きました。そのお饅頭は、今まで食べたどんなご馳走よりも美味しかったのです。
「この饅頭は、どうしてこんなにうまいんだ?…おい、饅頭は半分に割るとうまくなるのか?」
女の子は、

「お饅頭も、おにぎりも、桃も、瓜も、みんな、あたしとはんぶんこして食べると美味しいって、父ちゃんは言ったよ。」と言います。
「そうか、それなら、これからは俺も半分にしてから食うことにするぞ。おい、おまえ、明日もここに来い。明日は俺と一緒に握り飯を食え。」

鬼はそれから毎日、昼になると、女の子と一緒に何かを半分にして食べました。
握り飯も、お団子も、果物や木の実も、川の魚も山菜も、みんな二人で分けて食べました。
女の子と一緒に食べると何もかもが美味しくて、鬼は生まれて初めてお腹が一杯になりました。
女の子の名前は「おハル」と言いました。

夕暮れが近づくと、おハルは「また、来るね」と言い、手を振って帰ります。
その姿はふんわりと暖かくて、「まるで春のお天道様が帰っていくようだ。」と鬼は思いました。

何日か経ったある日、お昼が過ぎてもおハルはやって来ませんでした。
鬼は日がくれるまでずっと待ちました。次の日も待ちましたが、おハルは姿を見せません。
すっかりお腹が空いた鬼は、待ちきれなくておハルの家に行きました。
すると、おハルは布団に横たわり、真っ赤な顔で、ぜいぜいと苦しげに息を吐いておりました。
おハルのお母さんは、、
「おハルは父親に似て、とても体が弱いのです。」と泣いています。
鬼には、おハルが、だんだん小さくなっていくように見えました。

「なんてこった!困ったぞ。俺はこの子がいないと、何を食っても食った気がしないのに。」
もし、おハルがいなくなったらと思うと、急に胸が苦しくなって、鬼はたまらず駆け出しました。
走って、走って、走って、たどり着いたところは、いつもおハルと会っていた場所でした。
そこにはあの大きな桜の木がありました。
桜の花はもう終わりに近く、たくさんの花びらが、吹雪のように舞ってます。
「そうだ! この花びらを捕まえたら、きっとおハルの病気も治るだろう。」

鬼は、ぴょんと飛び跳ね、風に散る花びらを掴もうとしました。
すると、花びらはす~っと指から逃げていきました。
鬼は何度も何度も飛び跳ねて、花びらに手を伸ばしました。
けれども、何度やっても小さな花びらを掴むことはできませんでした。

思わず鬼は自分の手を見ました。

「俺は今まで、何もかもが欲しくて欲しくてたまらなかった。だけども、いま、この桜の花びらだけが欲しい。
この花びらが掴めれば、もう一度、おハルのにっこりと笑った顔を見られるはずなんだ。それなのに…」
鬼は胸がずきりと痛くなりました。
「俺の手は、何でも掴めると思っていたのに……この手は、一番欲しいものが掴めない手だったのか。」
桜の木に握りこぶしを打ちつけて、鬼は、生まれて初めて泣きました。

突然、さぁ~っと、春の宵の風が吹きました。
「どうしたの?」

はじめて会ったあの時の、おハルの声が聞こえたような気がしました。
「おハル、俺はおハルと一緒でなきゃ、何を食っても腹がいっぱいにならねえ。おハルの笑った顔がないと、何を見てもつまらねえ。」


すると、いつの間にか鬼の前におハルが立っていました。
「おハル!」
「泣かないで。あたしはきっと春の花に生まれ変わるから。毎年春なったら会えるよ。そしたら、また一緒にお饅頭を食べようね。お団子もおにぎりも食べようね。約束するよ。あたしは、どこにいても、花になって会いにいくよ。」
「本当に、本当にまた会えるか。約束だぞ。必ずだぞ!」
鬼は、おハルと指きりげんまんをしました。

そのあと、さぁ~っと、また風が吹き、おハルの姿は消えました。

それからおハルはもうどこにもいなくなり、その年の春はいつの間にか過ぎました。
鬼は、もう都のものが何も欲しくなくなったので、吉野の山に帰りました。

夏には川の魚を捕り、秋には山の木の実を採って食べました。冬には干した柿や米などを食べました。

その年の雪は深く、いつもより、長い長い冬でした。
鬼は雪が溶けるのをじっと待ちました。


雪がようやく溶けたころ、やっとまた明るい春が訪れました。
山にも桜の花が咲いたので、鬼はひとりで花見をしながらお饅頭を食べました。
あれからずっと、おハルのやさしい笑顔はいつでも胸の中にありました。
鬼はその顔を思い出すだけで、なんとはなしに暖かく、そしてちょっぴり寂しくなるのでした。

さぁ~っと、風が吹きました。
「あっ!」
手のひらに、風に乗った何かが飛び込みました。

思わず握ったその手を開いてみると、そこには小さな桜の花びらがありました。

鬼は、生まれて初めて、微笑みました。

 

 

 

ーエピローグー (2010.4)

 

お別れの時が近づきました

 

この度も

貴方様にお会いできまして

とても嬉しゅうございました

こころより有難うございました

 

わたくしの姿をご覧くださいまして

 

そのお心が和んでいただけましたでしょうか

少しでもお慰みできましたでしょうか

そして心弾んでいただけましたでしょうか

 

短い間でございました

ほんとうに短い

つかの間の

幻のような逢瀬でございました

 

お名残惜しゅうございます

 

けれどもまた

必ずきっと

わたくしは貴方様に会いに参ります

 

必ずやきっと

貴方様のお目に止まってみせましょう

 

来年も

再来年も

 

そして

いつの世になりましても

 

生まれ代わり

散り代わり

 

貴方様にお会いすることでしょう

 

その時もやはり

貴方様のお心を和ませ

僅かながらもお慰みし

そして

できれば心弾むものでありたいと願います

 

わたくしは

その様に生まれつき

その様に散りゆくものでございますゆえ

 

お約束です

 

必ずやきっと

次にお会いいたしましょう


 

では、また

 

~桜の精より~



-終わり-

 

※この物語は、2014年にコンクールで佳作を頂きました絵本、「やくそくの花」(絵:亀本みのり/文:松田弓)の原作に手を加えたものです。