どんなに闇が深くても 希望の調べは消えることはない | 天使の詩2016♥HAPPYBIRTHDAY

どんなに闇が深くても 希望の調べは消えることはない

新聞を見ていたら、どうしても伝えたい記事が… 全聾の作曲家 佐村河内守さん。長くなります。
東日本大震災で"希望のシンフォニー"と呼ばれ注目を集めているクラッシックが曲がある。
交響曲第一番《HIROSHIMA》。
80分に及ぶ超大作を描き上げた佐村河内守さんは、音を失った全聾の作曲家だ。
曲の大部分で繰り返される、悲憤と苦悶に満ちた旋律。
ラスト5分まで表れる、暗雲から差す光のような美しいメロディー。
やがて希望の鐘が打ち鳴らされ、生命の底から湧き上がるエネルギーのような力強いフィナーレへと進む。
多くの聴衆が感涙し、指揮者や演奏家が「世界に広げたい」と語る
この感動的な楽曲は、どのように生まれたのか。その思いを伺うため、佐村河守さんの自宅へと向かった。
佐村河内さんの自宅のリビングは、日中から遮光カーテンが閉められ、わずかな明かりしかついていない。光が目に入ることが激しい耳なりの発作に誘発するからだ。今もいくつもの病気と戦いながら、生活する佐村河内さん。インタビューの冒頭《HIROSHIMA》について聞くと、かみしめるように語ってくれた。
「被災地の方が一番この曲を聴いてくださっていると知った時、涙が止まりませんでした。
この作品は、ほとんどが恐怖や絶望といった『闇』で構成されています。ベートベンの『運命』やマーラー5『復活』はその闇を突き抜けて最後に勝利に至りますが、この曲で示したかったのは勝利ではなく『希望』です。闇はこの先も続くし、無くならないのだという思いを表現したかったんです。
私自身もいまだに何も乗り越えられていません。闇の中で、のたうちまわりながら生きています。だからこそ、闇の奥にある希望を見いだし、表現したい。こうして生まれた曲が、苦しみを抱える人たちに少しでも希望を送れたら、これほどの喜びはありません」
高校卒業後、単身上京。アバンギャルド(前衛的)な現代音楽の作曲法が主流であった音楽大学には進まず、独学で作曲を学んだ。
17才で原因不明の偏頭痛や聴覚障害を発症して以降、やむことのない耳鳴り、衰えゆく聴力、弟の事故死、音大を出ていない作曲家への無理解など、いくつもの試練と戦いながら、ようやく脚光を浴びたのは35歳の頃。1999年、ゲームソフト「鬼武者」のテーマ曲を作った時のことだ。
楽曲の発表会で舞台上に呼ばれ、万雷の拍手に包まれた。しかしこの時、佐村河内さんに笑顔はなかった。