芥川龍之介の書いた「杜子春」という小説があります。

 

仙人を目指す少年が仙人から「仙人になりたければ、これから何があっても声を出してはいけない」と言われます。

 

少年は、虎が襲ってこようが地獄に落ちようが声を上げませんが、最後にお母さんが滅多打ちになるのを見て「お母さん!」と声を上げてしまいます。

 

すると仙人が出てきて、これまでのことは全て幻だったと分かり、仙人は「もし声を出さなければ、お前を殺していただろう」と言って去ります。

 

この話は中国の伝奇小説を題材にしていますが、原作ではラストが全く異なります。

 

原作では、主人公の子ども(赤ちゃん)が滅多打ちにされるのですが、主人公が声を上げると、仙人から「もし声を出さなければ仙人になれたのに・・・」と言われます。

 

インターネットの評価では、原作の結末は残酷すぎて理解に苦しむという意見が多いです。

 

確かに芥川の結末の方が現代社会の倫理観には適合していると思います。

 

しかし私は、原作にこそ多くの現代人が幸せに生きるヒントがあるのではないかと思います。

 

アルコール依存症の夫の世話をする妻、DV夫から離れられない妻は「私がこの人を見捨てたら、この人は生きていけない」と錯覚し、アルコール依存症やDVを悪化させてしまいます。

 

しかし「私が見捨てたらこの人は生きていけない」というのは幻想です。

 

実際には、支援者を失ったアルコール依存症夫は自分で生きていかなければならないので自立します。

 

引きこもりで親の脛をかじる子供を見捨てられない親、過干渉な親から離れられない子供など・・・

 

本当は家族との関係を切り捨てた方がお互い幸せになれるのに、「私がいないとこの人は生きていけない」という幻想に取りつかれ、共依存関係から抜け出せず、共倒れしてしまうケースは後を絶ちません。

 

「子どもが鬼から襲われる」というのは比喩ですが、ギャンブル依存症の子供が高額の借金をして闇金融業者から狙われるというシチュエーションは似たようなものでしょう。

 

アドラー心理学の「課題の分離」に通じる考え方ではないでしょうか。