自慢のナイフを悟ごときに躱されて、劉の両目に激しい憎悪の炎が燃えさかった。
狂気の光を帯びている。
劉が唸りをあげて、悟の首を左手で掴むや、そのまま宙に持ち上げた。
痩せてはいるものの、身長百八十センチに近い悟の身体を片手で軽々と持ち上げるとは、とんでもなく化け物じみている。
悟の喉から、風を切るような音が漏れる。
それでも、持ち上げられた衝撃で悟の首が折れなかったのは奇跡に等しい。
右手で懐からナイフを取り出した劉は、それを悟の胸に突き刺そうとして、ナイフを握った右腕を後ろへ引いた。
そうはさせじと、カレンが劉に駆け寄る。
桜井とターニャも後に続いた。
しかし、わずか数メートルの距離が絶望的だった。
「サトル!」
カレンの悲痛な叫びと、「ぐわっ」という劉の叫びが重なった。
なんと悟は、劉の右手が突き出されるより早く、両の親指で劉の両目を突いていた。
さすがの劉もこれを喰らってはたまらない。
悟の首を締め付けていた力が一瞬弱まった。
それでも離さないところは、やはり獣じみている。
悟は劉が悲鳴をあげた隙に、左手に握っていたものを素早く劉の口に押し込んだ。
そして、もう一度目を突く。
またもや叫びをあげた瞬間、劉は押し込まれたものを飲み込んでしまった。
激痛で悟を離しそうになった劉はナイフを捨て、右手も悟の首に当てた。
両手に力を込め、悟の首をへし折ろうというのだ。
「き、きさま、なにを……」
劉が憎しみの声を発した。
その声はしわがれており、地獄の底から聞こえてくる亡者の呻きのようであった。
悟が、宙に浮いている足を思い切り前に出した。
つま先が劉の股間を直撃する。
これは、目潰しよりも堪えたようだ。
劉が苦悶の呻きを発して悟を離し、思わず股間を押さえた。
その隙を見逃さず、悟が渾身の力で劉を突き飛ばした。
劉がたたらを踏んで、頭から窓ガラスに突っ込んだ。