「なに、言うてるんですか。部下が全員出て来てるのに、上司のあんたが出てくるのは当然やないですか。それに、たまに休みの日に出て来たからって威張ってますけど、昼遅くからですやん。みんなは朝から出てるんですよ。そんなに偉そうに言うんやったら、自分で作ったらどうですか。自分はなんもせんといて、偉そうなことだけ言うのが、上司の役目なんですか」

 健一は、やっとの思いで敬語を使った。

 まあ、こんなものの言いようだったら、敬語を使ったところであまり意味はないのだが、一応、社会人としてのルールを守ったのだ。

「お前は、また、俺に逆らうんか。懲りんやっちゃのう。そんなにクビになりたいのやったら、いつでもクビにしたるで」

 杉林が、凄まじい形相で健一を睨みつける。

 健一は怯むどころか、それ以上の迫力で睨み返した。

「やったらええやろ。クビにしたかったら、してみいや。自分ではなんもできんくせして、いっちょまえに上司ずらすんなや。言うとくけどな、俺をクビにするんやったら、俺の受け持ちは、あんたが責任を持って引き継ぐんやで」

 健一は、もう敬語を使うのをやめていた。

 これ以上放っておくと危険だと思った涼子が、二人の間に割って入った。

「いい加減にしなさい、健一。あなた、ちょっと言い過ぎよ」

 健一をたしなめたあと、杉林に向き直る。

「杉林さんも、少し度を越していませんか。確かに、秋月君の言い方も悪いですが、今回は杉林さんに非があると思います。秋月君をクビにするのだったら私も辞めますので、そのつもりでいてください」

 涼子の顔は冷静さを保っていたが、声と雰囲気がいつもと違うのを健一は感じとった。言葉こそ丁寧なものの、抑えつけたような低い声は、限りなく冷たい。

「か、香山君まで、俺を脅すつもりか」

 杉林もいつもと違うと感じたのだろう、顔を引き攣らせている。

「脅しではありません。正直な気持ちです」

 涼子の言い方は、どこまでも冷淡だ。

「私も、涼子さんと同じ意見です。秋月さんをクビにするような会社にはいたくありません」

 良恵が臆することなく、杉林に向かってきっぱりと告げた。