セレブの住む街で有名な神戸の芦屋と、温泉で有名な有馬を結ぶ有料の山道がある。
その道を芦屋から車で二十分ほど上ってゆくと、パーキングエリアがあり、中腹ではあるが、眼下に群がる家々はマッチ箱のように小さく、その向こうには瀬戸の内海が広がり、天気が良ければ四国や和歌山も望めるという、なかなかの景観を拝める場所だ。
夜ともなれば、無数のマッチ箱の灯す明かりが、昼間とは違う趣きの、幻想的な景色を醸し出している。
空気が澄んでいれば、ひとつひとつの明かりが宝石のように煌めいて、より一層、見る者の目を惹きつけて離さない。
十月初旬の、とある平日の深夜。
七月から続いていた猛暑も、ようやく地獄の釜が閉じられようとしているのか、昼間はまだ暑さが残っているものの、この時間になると秋の涼しさ孕んだ風が吹いている。
夜空は遠く、マッチ箱の明かりが宝石のように輝いている。
その宝石を、パーキングエリアの隅に停めた車のボンネットの上に座り、無心に眺める男の姿があった。
男は、物憂げな眼差しで眼下を見下ろしながら、ゆったりと紫煙を吐いている。
時おり、下から冷たい風が吹き上げてきて、男の頬を撫でていった。
その度に、男の咥えた煙草の先端から、燃え尽きる寸前の線香花火のように、たくさんの小さな赤い炎が、宙に舞い上がる
男は、袖をまくったワイシャツ姿にもかかわらず、寒そうな素振りもみせず、飽きることなく夜景を眺めている。
男の名は、秋月健一。
もうすぐ三十路になろうかという彼は、中堅のシステム開発会社に勤めている。
気性の激しい健一は、たまに自分を持て余すときがあり、そんな時はここに来る。
無心に夜景を眺めていると、不思議と心が落ち着くのだ。
今日もそうだ。
特に何があった訳でもないのだが、心に鬱としたものを抱えて、健一はここに来ていた。