りき丸のブログ

「藤吉、帰ったぞ」
「あ~おお帰りなさいませ坂本様」
「おう藤吉、元気にしちょったか?いや腹ペコじゃけん、なんぞ食べさして~な。
  おまん、また体が大きゅうなったのお~」
こんなやり取りが近江屋の玄関先から聞こえてきた。このころ龍馬はこ河原町の醤油商の母屋の二階を宿にしていた。藤吉とは龍馬の従僕である。
「よし、間違いない。彼だ、場所も間違いない。あとはこの場所をステートメモリーにセットして、明後日の 11月 15日に夕方にスリップしてこよう。敏治メモリー頼む」
「了解謙治。セット完了」
「いよいよだね!これで龍馬暗殺の謎が判明するね。ビデオに撮ってテレビ局に持って行ったら大スクープだよね」
「バカだなぁ~宅歩。そんなの誰も信じてくれないよ」
「いいや!それを信じさせるには一つだけ方法があるよ」
謙治が言った。三人はその方法が解っていた。ただ、それを公開する事が人類の歴史にとって良い事なのか悪い事なのか未だに結論を出せないでいる。その結論をだす前に未来へのタイムスリップを成功させる事が先決だった。三人はまた半日かけて来た道を忠実にマシンのある伏見に向かって歩き始めた。
「なあ、みんな知 ってるか?さっき龍馬の背中に何か箱みたいな物が布にくるまれてあったろ?あの中に何が入っていたと思う?」
謙治が言った。
「あ~先は長いよ腹ペコだ~竧まああれは今でいうショルダーバッグみたいなもんだよね?だから手ぬぐいとか大きなお握り弁当とか沢庵とかだろうな」
宅歩は空腹と歩き疲れで参った様子。
「頑張れよ、宅歩。まあそうなんだけど龍馬は歴史的に重要な物を入れているはずなんだよ、重要な物だから懐じゃなくて身体にしっかりと結びつけているはずなんだよ」「謙治、大金かな?」
敏治が目を耀かせながら答えた。
「いや!恐らく船中八策の書だよ、龍馬は夕顔丸という船の中でこれからの日本の八つの政策を考えたんだ」
「ああ、聞いたことがあるよ。総理大臣の名前が○○○と無記名になっていたのと中心人物の中に龍馬自身の名前が書いてなかったんだよな」
「そう!流石敏治!さて、じゃあ龍馬は何になるつもりだったか知ってるか?」
宅歩が立ち止まると空に向けて叫んだ。
「俺は世界の海援隊だ!!」
三人は笑いながら伏見に向けて走り始めた。
「お代官様、奴らが帰って来ました。あの三人です」
質屋の平蔵と代官の葛西清三郎がのれんの隙間から三人を見ていた。
「よし、あいわかった。あと一時(いっとき)したら町方を来させ三人をめしとる。平蔵、お前は三人が外に出ぬように見張っておれ」
葛西は平蔵にそう言い聞かせる自分の屋敷に戻って行った。三人はかなり体力を使い果たしたのか夕飯もとらずに眠ってしまった。(まあ途中で蕎麦やら団子やらかなり寄り道をしたが)それから一時半が過ぎて代官の指図で役人達が平蔵の質屋に押し寄せて来た。
「御用だ!御用だ」
まるで時代劇捕の捕り物だ。いや本当に捕り物なのである。
「こら!質屋の主人はいるか」
町方の十手がきらりと光る。
「へい、手前が主人の平蔵でございます」
「何やら二階に怪しい三人組がいるとかで代官所の命で引っ立てに参った。神妙に引き渡して貰うぜ。」
十手持ちと数人の岡っ引きがバタバタと二階にかけ上って行った。
「御用だ御用 御用」
岡っ引き達は泥のように眠っている三人を見て勢いを裏切られたせいが黙っている。誰かが
「こいつら死んでるぞ」
と言うと
「ふんにゃ~御用はありまふぇんよ~水戸黄門しゃん」
宅歩が ふっと上半身だけ起き上がって再び眠りに着いた。
「なんだこやつは!三人共お縄をかけて引っ立て」
ここから先は読者の想像にお任せしよう。あ~だのこ~だのギャーギャードタバタ出演者一同大変な騒ぎであった。
「なんで俺達がこんな目に合うんだ?わけを話せ!」
何も悪い事はしてないぞ・・・訴えてやる」
「そうだそうだご飯出せ!大盛りだ!」
まあ読者にはそれぞれ誰が叫んだ「」なのかはもう想像がつくだろう。

翌日、三人は町奉行屋敷の中庭に連れて行かれ奉行直々に取り調べを受ける事になった。中庭には質屋の平蔵も地べたに座らされていた。三人はお縄をほどかれ平蔵の横に座らされた。回りには 10人程の刀と槍を持った警護が立っている。
「伏見南町奉行・宇津本改竄様御召し座~」
呼び声と共に奉行が現れた。
「あれ?遠山の金さんじゃないんだ」
宅歩が流石に三人にしか聞こえないような小さな声で呟いた。
「そこの者!面を上げい。謙造、敏造、宅助瀨お前達はその変わった風貌で町をウロウロと挙動不審と通達があった。しかも大金を持ち歩きふんどしも閉めずに何やら妙な腰巻きを締め、言葉も不振なり。よってこれより吟味をいたす。暫くは牢獄暮らしと覚悟せよ。何か申し立てがあらば聞こう」
奉行・宇津本改竄(うつもとかいざん)が低いが良く通る声で罪を告げた。すると隣に座っていた質屋の平蔵が
「恐れながらお奉行様に申し上げます。既にご承知の通りこの三名は私の母屋に住まわせており、私の亡くなった兄の子供達でございます。五年程前に舟が沖に流され長い間見知らね島で育ち、先日やっと行方が分かり私が引き取った次第にて、決して怪しい者達 ではございません。私は伏見南町の商人組合長でございます。この私が保証人となり、しっかりと修業させますので何卒お許しを揵」
平蔵が深々と頭を下げた。謙治は平蔵がニヤリと微笑んだのを見逃さなかった。
しかし三人が解き放たれたのは3日後の 11月 16日の昼過ぎの事だった。
流石に直ぐに解放する事は避けたのだろう、質屋の平蔵が三人の身柄を受け恐らく袖の下を渡したのであろう。平蔵は三人を質屋の居間に座らせると
「いやいや兎に角返して貰って良かった、あの奉行は金に弱いお人だからお前達も運が良かったんだよ。一人 10両三人で 30両で若いお前達を救いだしたんだ。まあ金を返せとは言わんが、またお前達の町の珍しい品を手に入れておくれ」
「うん!おじいさんのおかげで助かったよ」
宅歩が珍しく真面目な顔で平蔵に頭を下げている。
「平蔵さん、ホントに感謝します。さっそく明日町に帰り、また珍しい品を持って来ます。帰るまで楽しみに待っていて下さいね」
謙治が平蔵を安心させると三人は久しぶりに風呂に入れてもらい、たっぷりと夕食を食べさせてもらい二階に上がった。
「あ~参ったね、龍馬暗殺の日が過ぎてしまったね!ニュース速報もないから本当に暗殺されたのかわからないね」
敏治は畳に大の字になった。
「しかし、なんで暗殺の日に釈放してくれなかったのかなあ~、やっぱり歴史は変えられないのか・・・変えようとしたら必ず何かが起きるのかなあ~」
謙治も大の字になった。暫くして壁に寄っ掛かっていた宅歩がむっくりと立ち上がって「ねえ、なんで二人ともそんな事で悩んでんの?タイムマシンで昨日に戻ればいいじゃない」………暫く沈黙が続いた。だれともなく押し殺したような笑い声が聞こえて来た。そのうち「はははひひひふふふヘへへほほほ」とふざけた小さな笑い声、次の瞬間、三人は着物を来てマシンのある小屋に一目散に走って行った。・・・・・・・ 完

:::::エピローグ::::::

11月 15日に戻った三人は近江屋の二階の屋根裏に潜んでいた。実はこれで三回目、宅歩がくしゃみをしたり、腹の虫を鳴らしたりして一回目は龍馬に、二回目は中岡慎太郎にバレていた。それでもタイムマシンの長所は何度でも好きな時間にスリップできる、時空を制覇できるところだ。
その度に龍馬も慎太郎も屋根裏の事は覚えていない。結局、龍馬暗殺の真相はこうであった。読者だけに明かすことにしよう。
龍馬と陸援隊隊長の中岡慎太郎が話をしている。龍馬が舟中八策の説明をしていた。 20時 8分に下の扉を叩く音がした。
「坂本先生に面会の約束がある者だ」
六人の男達の一人が戸を開けた藤吉の口をふさいで腹に短刀を突いて静かに横たわらせた。六人は静かに階段を登り二階の襖を一気に開けた。先ずは先頭の二人がつかさず龍馬を襲い、最初の男が龍馬の眉間を二人目は右肩から切り付けた。三番目と四番目の男が慎太郎の腹と腕を切った。五番目の男は龍馬の腹をさし、最後の男は腹這いになっていり龍馬の背中を突き刺している。龍馬も慎太郎も刀は部屋の隅に並べて立て掛けていて、刀を手にはしたが抜く間もなかった。六人の男達に見覚えはなかった。
新撰組の羽織でもないし、土佐や長州の侍でもなさそうだ。屋根裏から覗いただけでは解らなかったし顔を見てもその人物が誰なのかも解らない。結局、歴史的にも六人が誰なのかも解らなかったように実際に三人が現場を見ても顔も名も知らないし、結局六人が誰だったのかわからなかったのだ。
文献では六人の素性は新撰組、紀州藩士、薩摩、土佐藩士があげられている。ただ、文献に顔写真があるわけでもない。だが謙治が六人の内の誰かが去り際に呟いたひと言を聞き漏らさなかった。
「龍馬よ!おまんは歴史上の偉人成るや、はたまた芝居のうまい芸人たるや」真相は謙治と六人の武士だけが知っていた。藤吉は事件の翌日、慎太郎は翌々日に息を引き取っている。つまりは六人はわざと生き証人を残したのだ。特に慎太郎は死ぬまでの二日間に生き証人として龍馬の死にざまを語っているのである。
謙治の推察だが龍馬は暗殺されたのではなく自分から暗殺されたように見せかけたのである。その推察が正か否かは五年後の大晦日に北海道のある場所にタイムスリップすれば判明する。大草原の中で畑を耕している男女が見える。女は背中に赤ん坊を背負い、男女の回りを小さな男の子が走り回っている。
「お龍、そろそろ晩飯にしようか」
「はい、龍馬さん。慎の助ごはんよ」
男は鍬を土にさすと、手ぬぐいで額の汗を拭きながら北の大地に沈みかける夕陽をじっと見つめていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 「かあ~効く!どぶろくみたいに白いけどうまい酒だなあ」
「お~本当だ!なんか優し舌触りだし米の香りがするよな」
「しかも、めざしにびったりだよ!テレビの時代劇と同じ雰囲気だしな」
ここは京都伏見の寺田屋近くの川のたもとに建つ「飯と酒」とのれんをかかげた酒処・飯と言っても品書きは麦飯、煮干、めざし、秋刀魚に漬物にみそ汁、それに薄めの酒だけである。
それと酒にたくわんも付いている。時は江戸幕末、 11月 10日の暮れ六つを過ぎた頃、月明かりでほんのり明るい夜。
金子謙治 28歳、江戸でなくて東京生まれ・東京電子工学アカデミーの四年生である。そしてもう一人は金城敏治、さらに三人目は金田宅歩。三人共同じ専攻の同じ歳。人は三人をゴールデントリオと呼んでいた。名字に「金」が付いているからだが決して金持ちではなく、いつも金欠の病に侵されている・硺さて、この三人・金はないが中々の・これは失礼揵かなりの天才的頭脳の持ち主で現にこうして江戸時代に自分達で作ったいわゆるタイムマシンという乗り物で江戸時代にタイムスリップしているのである・今はただこうして三人で過去に旅をして楽しんでいる。
ただし、行けるのは過去にだけ!未来にはどうしても行けないでいる。未来に行けて初めてタイムマシンと言える・というのが三人の共通認識であった。しかし兎に角今は三人の意見が一致してあの坂本竜馬が誰にどうやって暗殺されたかを調べに、いやいや、出来たら暗殺現場を見に来たのである・暗殺の日時はインターネットで確認している。
「なあ謙治、これだけのお金だとさっきの屋台のうどんは食べられないぞ」
コンピューターなみの頭脳を持つ会計係の敏治がポケットの中からこの時代のお金を数えながら言った。
「しかしタイムスリップするのはいいけど、その時代のお金を古銭屋で高いお金払って買うのは大変だよなぁ」
三人の中でもずば抜けたアイデアの持ち主の宅歩がしきりにメガネを拭きながら応えた。
「そうだな!・・・強盗をするわけにはいかないし、この時代でバイトしてる暇もないしなあ~・・」
迅速かつ冷静な判断力を持つリーダー的存在の謙治はたくわんをかじりながら言った。すると宅歩が・・・
「ねえ!多分どの時代にも質屋や金貸しがいるはずだよね!近い過去じゃ意味ないけど、質屋や金貸しや金持ちに僕らの時代の何かを売るんだよ。例えば 100円ライターやマッチや懐中電灯とか。このくらいなら歴史に大きな影響はないよ。一生使えないものだしね!」
「そっかぁ!売る相手は商人にしよう!武士だと奉行所に訴えられて捕まる可能性もあるからな。よし、そうと決まったら一度戻って準備だ」
謙治が宅歩のアイデアに賛同し、酒代を払うと三人はさっそく現代に戻ることにした。「待てよ・うどんは三人分は無理だけど二人分なら払えるよなぁ。たぶん・・・」
敏治が呟いた。三人はさっそくうどんを二杯頼んで勿論三人で分かち合った。
「やっぱりお金が無ければ飯も食べられないし、ましてや計画実行の為には多少のお金が必要だよな・・・」
謙治は熱いうどん三分の一をすすり、器を宅歩に渡した。
「よし、これだけあればかなりのお金になるだろう」
謙治は三人で持ち寄った品物をアディダスの鞄に詰め込んだ。
「いや例え 100円ライターでも江戸時代なら 10両でも売れるかもよ」
宅歩が自信ありげに応えた。
「電卓も今で言うコンピュータだからね!かなり高い値が付くよ」
敏治も自信満々。
「よし!江戸に戻ろう」
謙治の合図で三人は再びタイムマシンに乗り込んだ。
因みに勿論着物も自前である。大学の落語研究会から古着を貰って、ちゃんと着てからスリップするのである。
三人が着いたのは前回の翌日の明け三つ時の同じ場所・さすがに屋台のうどん屋は既に店を畳んでいたが、スリップポイントは京都伏見寺田屋に近い空き家の庭先にセットしてあるので、そこで三人は昼間まで寝ることにした。
「あ~腹ペコだ!武士は食わねど高楊枝なんてあり得ないよ・・・腹減ったよ~」
宅歩は三人の中でも体が一番大きいためか一番の大食いだ。
「ねえ、誰かコンビニで何か買って来てよ」
敏治が寝ぼけている。
「おい~!二人とも起きろよ。もう一時半だぞ。まったく二人とも何寝ぼけてるんだか!ほら。飯を食うために金を作らないと」
謙治が二人を現実の世界に戻すと三人は着物の乱れを直し外に出た。因みに着物の下はボクサーパンツ、ふんどしなどまったく気にしなかった。三人が暫く江戸の町をキョロキョロしながら歩いていると
「おい質って書いてある・・・あののれんは質屋じゃないの?」
宅歩が目ざとく見つけた。三人がそののれんをくぐると歳は今でいう 60歳位の老人が鋭い目付きで三人の方を見た。現世では 60歳は老人に見えない人も多いかも知れないが、この時代の 60歳はかなりの長生きのほうだろうし、かなりの老人に見える。
「あの~ここは質屋さんですよね」
謙治が代表して口火を切った。
「のれんの字が読めんのかな?旅籠に見えるかね?」
質屋の主人が怪訝そうな目付きで答えた。
「お!日本語が通じた」
宅歩が思わず馬鹿な感動をしたようだ。
「なに言ってをだよ宅歩。当たり前だろ・ここは時代は違っても日本だぞ」
敏治が宅歩の頭をつついた。
「おい~!何をいっとるのか解らんがお前達は何しに来たんだね?なにやら着物も見たことのない柄だし派手な色使い。言ってる事は分かるが訳は解らん。さては、世間を騒がす異国人だな!」
店の主人は更に冷ややかな疑り深い目線で三人をにらんだ。
「ご老人!違いまするよ。拙者達は正に日本人でござりまするよ!のお!!おのおのがた!」
「おい。宅歩ふざけるなよ」
これは益々質屋の主人を起こらせるだけだと謙治が宅歩を止めたのである。そして改めて
「ご主人、失礼しました。私たちは怪しい者でも異国人でもありません。本当に日本人です。ただ皆さんがまだ知らない日本の海の遥か向こうから船に乗ってきました。ご主人に宝物を買って頂きたくて」
流石に謙治は落ち着いている。質屋の主人も興味を持ったらしく
「わかった!見せてみなさい。どうしようもないガラクタだったらただじゃおかないよ」主人も三人がまったく違う世界の人間と感じたのか興味ありげだ。三人は店の中に入ると主人が座る畳の上に宝物?を詰め込んだ鞄を置いた。
「ほお~何だか珍しい籠じゃな」
主人は驚いたようにアディダスのスポーツバックを見ている。
「ご主人!この籠は雨に濡れても中身は濡れない籠ですよ。私達の国でも十両はするバッグという物入れです。まあこれは中古品ですが」
謙治はまさか主人がアディダスのバッグに興味を持つとは思ってもみなかったが急遽気転をきかせて応えた。
「ご主人、まだまだもっと高価で珍しくて便利な品がバッグの中にありますが見てみますか?」
敏治は商売人に変身した。
「うん、面白そうじゃな、見せてみなさい」
主人の目はさっきの鋭い眼から少年のような好奇心の塊のように輝いている。
「先ずは百…いや十両ライターと言って、このような簡単に火がおこせます。次は筆ペンと言って硯や墨がいりません。そしてこれがホッチキスと言って…」
敏治は次から次へと現代から持ってきた宝物を (まあたまたま部屋にあったガラクタだが )主人に見せて用途と便利さを説明した。それからというもの主人の態度ががらっと変わり、三人は小綺麗な客間に通され、昼食もご馳走になりながら何だかんだと夕方まで引き止められた。結局主人の粘りと熱心さに負けた。というよりあまりの申し訳なさに商売人の敏治も妥協をして、 100円ライター2つ、筆ペン一本、ホッチキス、カッター、ポケットティッシュにトイレットペーパー、拾った老眼鏡、ガムテープ、ビーチサンダル、それに 100円ショップで買った品々とアディダスの鞄全てを 30両で売った。そして敏治らしい最後のトドメは質屋の二階に一週間泊まれる事にあいなった。流石の謙治も脱帽だった。 30両と言えば今の貨幣価値で約 300万ほどであろうか。目的達成の為には十分過ぎる位である。
「ねえ!やったよね。大成功だよね」
宅歩が浮き足だっていた。
「まあ兎に角、今夜はドバット行こうよ伃」
敏治も思った以上の成果に大満足だった。
「よし!それじゃあ今夜は祇園とやらに行ってみるか」
謙治も思わぬ大金を手に入れて冷静を欠いている。
「お代官様揵 これが今日若造三人から 50両で買った品でございます。(流石わは商人。しっかり 20両も鯖読んでいる )
「わたくしも商売柄長くいろんな品を見て参りましたが、今日ほど驚いた日はございません」
質屋の主人の平蔵がアディダスのバッグを開けながら代官の前に並べた。
「ほう、平蔵が驚き、ましてや 50両もの大金を払う品とはかなりの代物じゃな。ん?なんじゃこれは・・!」
代官の葛西清三郎は酒を飲みながら平蔵の手土産の饅頭を一口かじりなが身を乗りだした。
「お代官様!!しかし酒に饅頭とは相変わらず変わった組み合わせでございますね」
「そうかぁ?わしはこの饅頭よりお主がたまに持ってくる黄金色の饅頭の方が好きだぞ」
「これはこれは恐れ入りましてございます」
何やらテレビの時代劇のワンシーンのようなやり取りが続いている。
「まあよい、ところでこれはなんじゃ?」
平蔵は代官に全ての品の説明をした。
「して平蔵・これをわしにいかほどで売りたいのじゃ?」
代官はかなり気に入ったようである。
「いやいやとんでもない!お代官様に売るなどと、これはお代官様へのご献上しようとお持ち致しました」
「ほほう、何やら下心があるようじゃな平蔵よ、まあ良い貰っておくぞ」
「はあはあ~恐れ入りましてございます」
益々テレビの時代劇そのままの展開である。
「つきましてはお代官様、御願いの義でございますが」平蔵は膝をすり寄せながら代官に近づいて言った。
「実はこの品を持ってきた三人の男達なのですが、歳は二十歳前後で着物の柄も珍しく頭も妙な髪型で日本語なのですが何やら変なのてます」
平蔵は両手をすり寄せながら代官にいま少し近づいた。
「三人は日本人だとぬかすのですが、わたくしの目はごまかせません。このような品はまだまだ序の口と抜かします。これは上手くしますと大儲けが出来るかと。つきましてはなんとか三人を御召し取り頂き、牢に二三日入れて、それを私目が保証人となり見受けたさせて頂くということになりませんでしょうか。三人を私にお預け頂ければ金のなる木が手に入ったも当然かと」
「なるほど!お主も悪じゃのう平蔵よ。よしその義、あいわかった」
代官葛西清三郎は平蔵から受け取った品々を大切にアディダスのバッグにしまうと「まあ、平蔵お前もいっこん飲め」
そう言と自分の盃を平蔵に渡して酒をついでやった。
「これはこれは恐れ多いことでございます」
そう言うと一気に酒を飲み干した。
「あ~・・昨日は飲み好きだね!頭ががんがんするよ」
「宅歩は飲みすぎなんだよ・せっかくの芸者遊びを覚えてないだろ」
敏治もかなり酔ってはいたが祇園なんて現代では経験出来ないとか言いながら必死に遊んでいたのである。
「結局、俺たち三人で飲んで食べて芸者が五人も着いていくらしたんだい敏治」
「え~と五両と少しかな」
「現代だったら 50万位かな?やっぱりああいう遊びは特別に高いんだなあ!まあ敏治が言うように俺たちには無縁だよ」
謙治が着物に袖を通しながら言った。
「さて・龍馬暗殺の日まであと3日だ!今日は予定通り龍馬暗殺現場の近江屋に行って周辺を観察しよう」
三人は支度を終えると質屋の二階から近江屋に向けて歩き始めようとした。
「いや待てよ!地下鉄はまさかないよね。伏見から近江屋まではかなり距離あるよね。」敏治がポツリと呟いた。
「そっかぁ地下鉄で 20分位だか歩くと結構あるよね。ねえ!お金があるからタクシーで行こうか」
宅歩が真面目に言ったのかジョークなのかわからないが応えた。
「よし!歩こう!京都見学をしながらゆっくりな」
二人に呆れたのか謙治は先に歩き始めた。大きな酒蔵で道を聞いて、三人は町
の風景や人々の生活をみながら歩き続けた。途中茶店で団子を食べ太陽が真上からやや西に傾いた頃には京都の街に入り、なっと近江屋と書かれたのれんを見つけた。丁度そこに一人の男が近江屋の中に入って行った。
正にあの風貌・・・彼だ!
間違いなく坂本龍馬であった!・・・・・・・・・・・・・・・・後半に続く・・・・・


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 夢が現実になった。間違いない!これで 10回目だ!洋子はパソコンの画面に食い入るように宝くじの当選番号を確認していた。年末に商店街の忘年会で酔った勢いで初めて買った 10枚の宝くじと見比べている。しかも3億円の一等前後賞・間違いなく当選していた。

満田洋子 28歳、福島県会津若松で生まれ、大学を卒業後、両親が経営する老舗の味噌店満田屋の看板娘。今年の6月に幼なじみの同級生、木村隆一と結婚することになってる。隆一は会津の街から車で 45分程かかる裏磐梯にあるホテルで働いている。真面目で清潔感のある正にホテルマンの鏡のような男で、笑うと白い歯が眩しいくらの中々の美男。スキー場に隣接したホテルなので年末年始は勿論のこと、雪のある間は忙しい。3年前の同窓会でどちらかというと洋子から思いを打ち明けて付き合い始めた。洋子は明るくハキハキとした性格で誰からも好感を持たれるが隆一は暗いわけではないが無口で真面目で通っていた。この3年間互いに真剣に結婚を前提に付き合っていた。

洋子は現実に3億円を手に入れた。といってまだ紙切れの状態だが、この事を先ず最初に誰に話すべきかを考えていた。先ずは両親、次に婚約者の隆一、ここまでと考えていた。今日客が少ない時間帯に銀行に行く事にした。冬季の観光客が少ないとはいえ 11時頃から入り始め、2時頃まではほぼ満席になるほどの人気の味噌店、今では味噌よりも観光客が田楽目当てで訪れ、ついでに味噌を買って行く。
それでも八人の従業員を養えるだけの人気の老舗であった。いずれは洋子が店を継ぐことになっている。
洋子は会津若松駅前通りにあるみずほ銀行に入りカウンターで宝くじ当選を伝えた。窓口の女子店員が洋子の出した三枚の宝くじを何やらの書類で確認すると二階の応接室に案内された。やはり間違いではないことを洋子は改めて感じた。
しかしまだ半信半疑というか現金を自分の目で見ていないので未だに信じられなかった。
少しして年輩の男性と若い女子行員が入ってきた。
「満田洋子様、お寒い中、ようこそお越しいただきました。お待たせ致しました。間違いなく3億円の当選確認が出来ました。おめでとうございます」
支店長の永瀬と名乗った男が洋子に当選の事実を伝え、一緒に入ってきた女性を紹介した。片山という女性店員が
「只今から高額当選の方への今後の手続きとご注意事項をご案内いたします。 30分ほどかかりますがお時間は大丈夫ですか?」
と洋子に訪ね、洋子が了解すると片山は洋子に小雑誌を渡して事務的ではあるが、ゆっくりと解りやすく話し始めた。説明はびったり 30分で終わった。
洋子は貰った書類と小雑誌を持ってきたバッグにしまうと銀行を出て真っ直ぐに店に戻り始めた。と本人はそのつもり。実際の帰り道は足が地に着かないというか、用もないのに本屋に入ったり、3億円の使い道で欲しかった靴とバッグを買って、親に運転免許を取る時に借りたお金を返して、隆一が欲しがっていた iパッド.....ふっと気づくと買いたい物を全部足しても 20万円位で如何に庶民的生活がしみついている事に痛感したり、隆一との新婚旅行をハワイからヨーロッパに代えようかとか、なんだかふわふわとした感じでなんとか家に戻っていた。
その日の夜、いつもの通り両親と三人で夕食を始めた。
「ねえ、二人が凄くびっくりする報告があるの」
洋子は味噌汁をよそりながら言った。父親の敦史は大好きな相撲を見ていたのでテレビから目を話さなかった。
「お父さん、洋子が大事な話があるみたいよ」
母親の京子が敦史に言った。
「聞いてるよ!話してご覧。もう孫でも出来たのか?」
「全く父さんたら、結婚前なんだから。馬鹿な事言わないでくださいよ」
京子が敦史の耳をつねってテレビから敦史の顔を離して前を向かせた。
「わかったわかった唯一の楽しみなのに全く」
敦史は渋々と味噌汁を飲み始めた。
「それでビックリする話ってなんだよ」
横綱の一番が始まり時々テレビに目を向けながら敦史が言った。洋子はバックの中から昼間銀行で渡された宝くじ高額当選確認書を黙って二人に見えるようにテーブルの上に広げた。確認書には当選金額も記載されている。敦史が文面を読んで0が沢山並んだ金額をきょとんとした顔で見ていた。
「一十百千万 ....億」
敦史が0を数えると急に立ち上がって
「洋子!3億じゃないか!!このことは誰かに話したのか?ごっつあんです!どすこい」
敦史は流石に驚きを隠 しきれないのか相撲言葉を入り乱れながら訳の解らない感じだった。
「お茶漬け!じゃなくて落ち着け!皆落ち着くんだぞ。この話しは誰にも話しちゃなんねいぞ」
敦史以外は皆冷静であった。
「あなた!お茶漬けって何よ、まったくみっともない!たかが3億でしょ?え?3億円?3百万じゃないの?億?一万円札が何枚なの?」
京子もほとんど地に足が着いていない様子。
「一円だと一億枚だろう」
やはり敦史は空を飛んでいる。洋子はいつも冷静で物静かな両親のうろたえ様にかなり驚いていた。その日の晩御飯は三人共何を食べたのか味も感じない程であった。ただ結論は両親は当たったお金は洋子が将来の為に計画的に使うことと古くなった台所をリニューアルする費用にあてる事で家族会議は終了した。洋子は心の中で働き詰めの両親にヨーロッパ旅行をプレゼントしようと決めた。
「メアリー愛してるよ。今度は僕が東京に行くからね」
福島駅の新幹線ホームで男女が抱き合って別れを惜しんでいる。女は外人のようで人目を気にせず男にしがみついてキスをしている。男は女を見送ると人目を気にするように急ぎ足で改札口を出ていった。駅前の駐車場から車を出すと小一時間かけてあるホテルの従業員専用駐車場に車を停めた。洋子の婚約者の隆一だった。
ホテルの宴会副支配人として働く真面目な隆一が洋子という婚約者のいる彼が何故外国人女性と ....。去年の春にホテル業界の研修で隆一は働くホテルを代表して参加した。三日間の研修の最終日に参加した各ホテルマンとの打ち上げに参加して、二次会で初めて行った外国人パブで隆一の左隣に座ったのがメアリーであった。他の女性と違ってメアリーの日本語は国なまりもほとんどない綺麗で優しい日本語を話すフィリピン人女性であった。二人は何故か意気投合して隆一が店にいた約二時間半のほとんどの時間を二人で語り合っていた。お互いの生い立ちや仕事や家族の話し、メアリーの日本語の上手さは彼女の父親が日本人で幼少の頃は京都で暮らしていたことも知った。携帯番号を交換したものの、それから半年近くは音沙汰がなかった。隆一も心の隅にメアリーの美しく知的に微笑む顔が目に焼き付いてはいたが、所詮は客商売の女性と割り切って連絡はしていなかった。
 そんなある日、突然メアリーから連絡があり、隆一は東京でメアリーと再開した。
そして夢のような一夜を過ごした。何の抵抗もなく二人は自然に互いを求めあった。それからは互いに東京と福島を行き交うようになっていた。中々二人の休みが合わなくて月に一度のデートがやっとだったが楽しい一時だった。自分には婚約者がいる。メアリーに何度も告白しようとしたが、毎回メアリーの心の底から楽しそうな笑顔に打ち明ける事が出来ないでいた。いっそのことお互いに遊びで済ませれば如何に楽だっただろう。メアリーが商売や日本人男性目当てに、金目当ての付き合いならと考えたりしたこともあった。メアリーと付き合う内に、初めて彼女から聞いた祖国に残してきた母親や兄弟の事や家族を捨てた日本人の父親の事が真実であることもわかった。日本の歓楽街で働くフィリピン女性は仕送りの為に祖国にいる家族の為に日本人男性と金目当ての売春や結婚して日本の永住権を得る目的に働く女性が
多かったが、今では遊ぶ金欲しさに金を貯めていり女性も少なくない。メアリーは前者だが売春や結婚目的ではなく、貰った給料の八割を送金していることも事実だった。またメアリーは隆一に一切金品を要求しなかった。一度だけ隆一が国のお母さんと兄弟のためにとまとまった金を渡そうとしたがメアリーは受け取らずに泣きながら帰ってしまった事があった。
メアリーの自分への本当の愛情を知ってからメアリーに洋子の事を伝える事が出来ないでいた。勿論、洋子にも告白出来ずにいた。
メアリーとの男女の付き合いが始まってから既に半年が過ぎた。洋子との結婚まであと4ヶ月を切っていた。
「ねえ!隆一。相談があるんだけど次の休みはいつ?」
洋子は両親に宝くじ当選の話しをした後、二階の自分の部屋から隆一の携帯にかけて次のデートというか二人の披露宴の詰めの約束をした。二人とも観光客相手の仕事のせいで土日のデートは年に一度あるかないかで、たいていは洋子の店の定休日の火曜のデートが多かった。
「うん。わかった。相談てなんだい?何かあったのかい?気になるから今話してよ。今休憩中だから大丈夫だよ」
隆一はホテルの従業員休憩室で夕食の後、新聞を読んでいた。
「ううん。電話じゃちょとね。大事な事だし。火曜日にね」
洋子はそう言うと最近なかなか忙しくて会えなかった鬱憤をはらそうと思わず隆一を困らせてみようと思って・・・
「じゃあ少しだけヒントね!実はね最近食欲が凄いの!」
「え!それってもしかして できたのかい?」
隆一の声に動揺が見えた。
「駄目。やっぱり内緒。じゃ夜勤お疲れ様。おやすみなさい」
洋子は電話をきるとちょっと可哀想かな?と反省しながらも、でも明日は3億円の話しを話すんだし、二人の生活は計画的にお金を使えば薔薇色なんだと思いながら部屋の電機を消した。
雨上がりの火曜日の朝、二人は隆一の車で郡山に向かってドライブをしていた。昨日の雨で路肩の雪はだいぶ溶けてはいたが気を抜くとハンドルを取られる。隆一は慣れてはいる雪道ではあったが安全運転の楽しいドライブであった。そのはずであったが、たまたま二人の車の後ろを走ってきた品川ナンバーの乗用車が信号待ちをしていた二人の車に激突した。
都会から来た氷と雪道に不慣れなドライバーが行きよいよくブレーキを踏んだのだろう。例外もなくこの道も凍結していたせいで、二人の車が勢い良く交差点の中に押し出され、右から走って来た大型トレーラーに真横から追突された。
瞬間の出来事だった。声を発する間もなく運転席の隆一は直撃を受けて即死。助手席の洋子も全身打撲に一部内蔵破裂、首の骨も折る大事故であった。

「洋子!洋子!・・・」母親の京子がこの世に戻って来た我娘に気付いて、すすり泣きながら両手で洋子の右手を握り締めた。
「お、お母さん」洋子は精一杯の力で京子の手を握り返しながら応えたがそのまま再び深い眠りについて行った。
命は取りとめたが全治6ヶ月の重傷、内蔵破裂により子宮摘出の手術もしていた。京子は洋子が次に目覚めた時には隆一の死は伝えなければと覚悟はしていたが、子供が出来ない身体になったことだけは暫くは伝えまいと決めていた。
「3億円なんか当たらなければ良かった。洋子の運が金に変わってしまったんだ。
3億円全てを使って洋子の身体を治せないのか・・・」
病院からの帰り道、敦史は両手を握り締めながら涙を流していた。妻にも見せたことがない涙。洋子の結婚式の時まで決して涙を流すまいと決めていた。
「とにかく命だけは助かったのよ。不幸中の幸いと思わなければ。隆一さんは可哀想な事をしたけど」
京子も辛かった。店も臨時休業して3日目のせいか普段の田楽を焼く炭火の温もりは冷暗の廃虚にのみ込まれているようだった。
「もしもし、私は木村隆一さんの友人のメアリーと申します。木村さんはいらっしゃいますか」
先月会ってから1ヶ月以上も隆一と連絡が取れないでいたメアリーは隆一の勤務先のホテルに電話をした。今まで一度もホテルには電話をしたことがなかったが、携帯には繋がらないし隆一からの連絡もなかった。いてもたっても心配になりやむ無くの事だった。
「あ、申し訳ありません。ご存知ないようですが、木村は先月車の事故で亡くなりました。残念です。彼のご実家の連絡先はご存知ですか」
電話を受けたのは隆一の同期入社でホテルでの良き仲間、良き理解者だった。メアリーは応える気力もなく携帯を床に落とし意識が薄らいでいくのを感じていた。
                                   後半へ ・・・・・・

ヒュールルドド~ン・ドドド~ン・・・・・窓からは見えないが打ち明け花火の音が光線の数秒後に聞こえてくる。洋子は部屋の電気を消して暗闇の中でその光と音の感覚を感じていた。全治6ヶ月と診断されたが若さとリハビリの頑張りもあって事故から5ヶ月あまりで自宅に帰る事ができたのである。時折ふいてくる夏の香りのする風にあたりながら去年の夏に隆一と一緒に行った花火見物で買った金魚の図柄のうちわを右手に握りしめている。本来ならばジュンブライドの花嫁は新婚旅行から帰国して隆一と一緒にこの花火を観ているはずだった。時が全てを忘れさせてくれる。そんな事はまったくの嘘だと感じていた。何を見ても何処に行っても全て隆一との思い出に繋がっている。二人で聴いた曲、二人で歩いた道、二人で良く行ったレストラン、隆一の大好物のラーメン店、隆一に貰った本や CD、誕生日に貰った COACHのバック、二人で京都旅行をした時に買った手ぬぐい、部屋の中にも心の中にも隆一で埋め尽くされている。その存在は時が達につれ益々大きくなっていた。
「さようなら日本。ありがとう隆一」
隆一の死を知ったメアリーは恋人を失った辛さを忘れるために暫く無我夢中で仕事を続け、4月中頃に国へ帰って行った。ただ日本での最後の想い出に隆一の働いていた裏磐梯のホテルに二泊した。春雨が降り続いた二日間、メアリーはホテルから一歩も外に出ずに隆一が毎日見ていたであろう雄大な磐梯山を眺めていた。雨の雫が大きな窓ガラスの上から下へと滑るように伝って落ちる。幾つかの雫は、互いに引き合うようにくっついて勢い良く落ちていった。まるで隆一とメアリーの出会いとおなじだった。結局、隆一とメアリーの想い出は誰も知らない二人きりの想い出のまに幕を閉じた。恐らくフィリピンに戻ったメアリーの心の中だけに隆一は生き続けているのだろう。帰国の朝、メアリーはホテルの売店で会津の写真集を一冊買ってバッグにしまった。そしてもう決して日本の風景を見ることがないだろうと思った。

 「洋子、早くしろ遅れるぞ」
敦史の大きな声が一階から聞こえる。
「お父さん、まだ早すぎるわよ。あと二時間後に出ても早いくらいなのに。慌てないでくださいよ」
京子の声も久し振りにうきうきした元気な声だった。今日から家族三人でハワイ旅行に行くのである。事故以来、勿論初めての旅行だし、敦史と京子にとっては初めての海外旅行である。洋子が今まで働きづめの両親に二人で行くように、しかもビジネスクラスでハワイでなくヨーロッパを勧めたのだが、どうしても三人でハワイに行きたいときかなかったのでる。両親には散々心配をかけたので二人の気持ちも洋子には痛いほどわかっていた。身体もなんとか普通の生活ができるまでに回復したし、精神的には旅行に行く気分にはまだなれなかったが、両親の気持ちを受け止める事にした。当選金も既に新しく作った銀行の預金口座に振り込まれていた。振り込まれてから4ヶ月の間一円も使っていなかったが、今回の旅行の為に初めて 100万円を下ろした。最初はこのお金を使う気にはなれなかったし、当選さえしなければ運命は変わっていた、いやこのせいでつきを使いすぎてしまったのではないか。
洋子は宝くじな んか買わなければと後悔さえしていた。 浜辺に面したホテルのプールの底に蝶々のデザインの図柄が見える。プールの水に青空が映っていて、まるで大きな蝶々が青空を舞っているようだった。ホテルの名前は「ハレクラニ」、天国に一番近い楽園という意味らしい。両親は買い物に出かけている。洋子は疲れたということで一人で部屋に残っていたのだ。マウイ島、ハワイ島にも行き、一週間は瞬く間に過ぎて行った。最後の晩に三人はサンセットディナークルーズに参加した。洋子は予め船での夕食は個室を予約していた。夕食会場では沢山の人達がダンスやマジックショーを楽しみながら夕食の一時を過ごしている。三人の個室には静かな曲が流れ、テーブルの中央に置かれたガラスの器の中にはたっぷりと水がはられブーゲンビリアの刕が色鮮やかに浮かんでいる。洋子は、すっと立ち上がると二人に向かって深々と頭を下げながら
「お父さんお母さん、本当に心配かけてごめんなさい。長い間看病してくれてありがとうございました。お陰さまでもう大丈夫よ。お母さんが言いにくくて辛い想いをしてるだろうから今夜打ち明けるけど、私は自分の体の事を知ってるから気にしないでね。もう孫を見せあげられないけど、 こうして生きてるし、元気になったし。帰ったらまたお店に出るからね。本当にありがとう」
洋子は思いっきりの笑顔で二人に笑いかけた 。
「洋子・・・知ってたんだね。私はその事をあなたに伝えるのが一番辛かったのよ」
京子が泣きながら洋子の手を握りしめた。敦史は黙ってビールを飲むでいた。夕食後、三人は個室の専用デッキに出て暫くの間無言のまま潮風に吹かれていた。月明かりで周りは明るかった。遠くにオアフ島のホテル群の明かりが見える。船はスピードをゆるめると大きく右に回りながら船首をオアフ島の方角に向けた。静かに水面を滑るように再びスピードを上げた。その瞬間、三人の瞳に一筋の光線が映った。三人は流れ星にそれぞれの願いを込めて祈っていた。
ハワイから帰国して3ヶ月あまりが過ぎて、洋子は身も心も生き生きと働いていた。敦史も京子も相変わらず店に出て元気でいる。店は紅葉の時期に入り益々忙しく繁盛していた。そんなある日の午後、一人のアジア系の外国人男性が店にやってきた。
「すみません、味噌田楽セットをお願いします」
美しい滑らかな日本語であった。洋子が男性にお茶をだすと男性は
「ありがとうございます。ところで田楽とは何で出来ているのですか?本にはお米と書いてありますがお握りとは違うんですか?」
男性は子供のような澄みきった綺麗な目をしていた。年は 30歳後半くらいであろうか。洋子はちょうど忙しさも一段落ついたので丁寧に説明した。自分より歳上のその男性は洋子の話しを聞きながら日本語でしきりにノートにメモをとっている。洋子は何故か温かな気持ちになっていった。

「ダニエル先生、先程の方程式ではどうしても解けないのですが」
大学院の研究室で学生が外国人講師に質問をしていた。講師が丁寧に学生のノートに何か書き込みをして解説を始めた。暫くして学生はすっきりしたような笑顔で講師にお辞儀をして研究室を出て行った。フレディー・ダニエル 42歳、先月福島大学の理工学部客員助教授として2年間勤務する事になったフィリピンからのエリート物理学者である。ダニエルが福島の大学を希望したのは理由があった。一つは都会の人混みより自然が好き、そしてもう一つひとつは妹メアリーから見せてもらった会津磐梯山と五色沼の写真集に感動して是非訪れて見たかったのだ。両親や兄弟が貧しいながらも一生懸命家計を支え、自分を大学院まで出してくれ、今やっと恩返しが出来るようになり、これからは家族に、より恩返しをしたい気持ちで一杯だった。
「あらダニエル先生、いらっしゃい。いつもの田楽セットでよろしいですか?今日もまた難しそうな本をお読みですね。」
洋子はここ一年に週に二回は田楽を食べに通ってくる外国人男性に親しみを感じていた。勿論、ダニエルの名前も職業も国籍も聞いていた。
「はい、こんにちは洋子さん。今日はお給料を頂いたのでお餅を一つ追加して下さい。」
ダニエルは白い歯を出して洋子に微笑んだ。ダニエルは自分より 10歳以上歳上なのも知っていたが、既に三十路になった洋子からみても若い青年に見える時があった。日本人より肌の色が濃いこともあるがダニエルの澄みきった瞳と真っ白な歯のせいだろう。ダニエルは相変わらず難しそうな分厚い本を詠んでいたが洋子が田楽を出すと読んでいた本を閉じて、美味しそうに食べ始めた。毎回熱い田楽を口にほおばると水を飲んみこんでいる。洋子も従業員のおばさん達もそんなダニエルを見るのが好きだった。ダニエルはあっという間に六本の田楽と特別オーダー?のお餅を平らげると、いつもの通り支払いを済ませ深々と礼をして、
「ご馳走様でした。とても美味でした」
と言って店を出た。ただ、今日は洋子に一枚のメモを手渡 して人差し指を自分の口に当て小さな声で
「良かったら」
と言って店を出た。 洋子は従業員のおばさん達に気づかれないようにそのメモをエプロンのポケットにそっとしまった。
「ああ、洋子さん。ここです」
ダニエルは会津若松駅前の約束の喫茶店の窓側の席から手を降った。その喫茶店は一昨年宝くじの当選確認をしたみずほ銀行の隣にあった。洋子はダニエルの向かいの席に座った。
「お待たせしてすみません、ダニエル先生」
「嫌だな、先生はやめて下さいよ」
それから二人は喫茶店に二時間程、ランチを一緒に食べて楽しい時間を過ごした。ダニエルは洋子に交際を申しこんだ。洋子は嬉しかった。久し振りの胸のときめきだった。しかし、もし万一ダニエルが結婚を申し込んで来ても洋子は一生一人と決めていた。それでも洋子は嬉しかった。一人で死んでいった隆一を忘れる事は出来なかったし、車がぶつかる瞬間に隆一の左手が洋子の肩を掴み衝撃を和らげてくれたことを決して忘れていなかった。それから先はなんの記憶もなかったが。隆一のお陰て死を免れていた事は間違いない。
「洋子さん、どうしましたか?大丈夫ですか?」
ダニエルは左手を洋子の肩に乗せた。その手はまるであの時の隆一と同じように洋子の体を支えていた。自分はダニエルならもう一度愛せるかも知れない。洋子はそう感じながら自分の肩のダニエル左手を右手で握り返した。その手のごつごつした感触は隆一の柔らかい手とは違ったが、温かな温もりはまるで隆一と同じであった。
「大丈夫。僕は外国人だけど君のご両親に交際のお願いをきちんとしたい。」
洋子は意思に反してついコクリとうなずいた。
「洋子さん、ありがとう。それともうひとつお願いがあります。今からこんな話しをするのも早いし、怒られてしまうかも知れませんが、僕は子供が嫌いです!もしあなたと一緒になれても子供はいりません。だってあなたを例え自分の子供といえど取られたくありませんからね。あなたには私だけの人でいて欲しいです。」
ダニエルは何度か洋子の店に来たが、たまたま洋子が店に居ない時、従業員のおばさんたちの会話を耳にしたことがあった。洋子が子供を作れない手術をしたことや婚約者が事故で亡くなったことやおおよその事は知っていたのだ。
「洋子さん、僕はあなたが大好きだけど、日本人も福島も大好きなんです。実は私の妹のメアリーが以前日本の東京で働いていました。僕の学費と家族のためにね。彼女は去年癌で死にましたが、福島に好きな人がいたらしいのですがて、その人が事故で亡くなってしまい帰国したと言ってました。また福島はとて も自然豊かで素晴らしいところで優しい人が沢山いるんだってね。だから私は日本で仕事の話しが来たら福島の大学を希望したんです。それで福島の歴史や文化に興味を持った訳なんです。日本語は妹のメアリーと一生懸命に勉強しました」
「それはお気の毒に。妹さんはまだお若かったんでしょうね。妹さんの恋人は福島で何をなさっていたの?」
洋子は聞かなければ良かったと後悔した。
「いや、名前さえも聞いていません。彼女は自分だけの思い出にしたかったのでしょうね。彼女の部屋から日本語で書かれた日記が出てきましたが、お墓に一緒に入れてやりました」
洋子はダニエルが本当に素敵な男性だと思った。その瞬間、ダニエルの唇が洋子の唇に重なった。その夜、事故以来初めて夢の中に隆一が現れた。隆一は何も言わずに夢の中で洋子に優しく微笑むと背を向けて洋子から遠ざかって行った。
隆一の隣には洋子の知らない髪の長い小柄な女性が寄り添うように歩いている。
洋子は夢の中で遠ざかって行く二人に心の中の小さな声で呟いた
「隆一、ありがとう。きっとメアリーさんね?メアリーさん!隆一をお願いね。」
洋子はうっすらと笑みを浮かべながら再び深い眠りの中に入って行った。
                                              完
終わりに・・・・会津磐梯山をはじめ、福島と東北の大自然は災害後から少しづつだが確実に甦り始めている・・・・・。