第二話 その魂の価値は
バタン
全開に開いていたドアが、ゆっくりとしたスピードで、
今、閉まった。
「流石に、ここまで見せたら理解出来たかしら?」
女は、玄関の空中に浮かんだまま、そう言葉を漏らした。
最初からこの格好だったら、
きっと、コスプレか何かだと思っただろうが、
目の前で、羽や角や尻尾が生えてくる所を見てしまっては、
否がおうにも信じざる負えない。
これは、夢だろうか。
しかし、尻もちを付いた時のお尻への痛みが鈍く残り、
現実であると教えてくれている。
そして、男は何故か不思議と冷静さを取り戻してきている自分に気付く。
「さて、悪魔の好物と言ったら、何でしょう?」
女が聞いてきた。
男は、壁に手を掛けながらもヨロヨロと立ち上がり、
「たま・・・しい?」
昔、漫画か何かで読んだ事あるようなフレーズを答えた。
「正解!」
少し嬉しそうに女は答えると、足を玄関へと下ろした。
「私達、悪魔の主食は人間の『魂』。私はあなたの魂を頂きに来たのよ。」
やっぱりか。
案外、その類の本に書いてある事って、間違いじゃないんだな。
妙に納得してしまい、この非日常的なやりとりに、
あまり違和感を感じなくなっていた。
それと同時に、どこか諦め感にも似た感情が男に湧いてきていた。
「良いですよ。別に僕が死んでも悲しんでくれる家族もいないし、この先、生きていても何かやりたい訳じゃない。今の生活だって、生きているのか死んでいるのか、判らないような同じ事の繰り返しの毎日ですから。」
状況が、あまりにも非日常的過ぎるからなのか、
男は、少し口角を上げ、ちょっと楽しげな口調でそう言った。
「はぁ・・・」
女は、大きく溜息をついた。
「やっぱり、あなたもそうなのね・・・。」
男には、その意味が良く判らなかった。
しかし、女は続ける。
「私達、悪魔が欲する魂は、欲に飢え、生にしがみつき、絶望を味わって死んだような、そんな丸々と肥えた魂なの」
なら、そういう人の所へ行けばいいんじゃないか?
男がそう思うと、それを見透かしたように、
「悪魔が魂を奪うのにもルールがあるの。」
女の目じりが少し険しくなったように感じた。
「数千年前の『聖戦』と呼ばれる、悪魔と天使の戦いで、天使共に敗れて以降、むやみやたらに魂を狩る事が出来なくなった。現世で魂を狩る時、天使共の方から、ある名簿が渡され、そこに記載されている人間の魂しか狩る事が出来ない。」
女は悔しいのか、握りこぶしを作り、小刻みに震わせていた。
そんな名簿があり、そこに自分の名前が書かれていたのかと、
男はそっちに少し興味を持った。
「天使共め、悪魔にとって何の栄養価も無く、価値も無い魂ばかりをいつも並べてきおって!」
女の悔しさが怒りに変わっていたが、
男は、結局魂すら無価値なのかと、
どこか肩の力が抜けるようなガッカリ感に包まれていた。
「ふぅ・・・」
興奮してきた自分に気付いたのか、
息を整えるかのような溜息を女はつく。
「でもね、私達悪魔も、いつまでも従順に従っているだけの馬鹿じゃないわ」
女は少し勝ち誇ったような顔を浮かべた。
「死神と取引きをして、もらった名簿の中から死期の近い人間を教えてもらったの」
嬉しそうに目を細める。
ちょっと待て、と言う事は、
「そう、あなたはもうすぐ死ぬの」
また、心を読まれたかのような、悪魔の言葉がグサッと突き刺さる。
なんだよ、悪魔に魂を取られなくても、結局俺は死ぬんじゃないか。
俺の人生は、何を成すべくも無く、誰かを慕う訳でもなく、終わってしまうのか。
胸にポッカリと穴が開いたような虚脱感に襲われる。
女が悪魔だと理解してから、
何故か、女の言葉をあっさりと信じられる自分がいた。
「じゃあ、なぜ死期の近い、あなたの所へ来たのでしょう?」
細い人差し指を、自分の鼻のところまで持ってきて、女は楽しいそうに尋ねてきた。
そうだ、なぜ悪魔はもうすぐ死ぬ男の所へ来たのだろう。
男も、不意に出された問題に、少し混乱にも似た感覚に陥り、答えが出せずにいた。
「私は、あなたと賭けをしようと思うの。」
女の口元がにやりとした。
「はっきり言うわね。あなたは、3ヵ月後に死ぬわ。そして、賭けの内容は、もし、その時あなたが少しでも生に執着を見せれば、私の勝ち。あなたの魂は頂くわ。」
男は喉元をゴクリと鳴らした。
「じゃあ、俺が生への執着とやらを見せなかったら?」
「もちろん、あなたの勝ち。私があなたを天使共のいる天界へと送るわ。これは、本来死神の仕事なの。さっき言ったでしょ?死神と取引きしたと。名簿に名前があるからといって、全て悪魔が魂を持っていく事はないの。そういう場合は、死神が天界へ届ける仕事をするのよ。私が賭けに負けたら、その仕事を私がするっていうのが、取引きの条件。」
女は、負けた時の事を、つまらなそうに話す。
しかし、悪魔にしてみれば、少しでも生への執着で肥えた魂を持って帰れる訳だ。
まあ死神も、仕事が一つ減るわけだから、それはそれでいいのか?
よく解らないな。
一つ確実に判った事といえば、3ヵ月後に死ぬ時に、
自分が『もっと生きたい』と思えば悪魔の勝ちで、悪魔に魂を持って行かれる。
って、事だな。
一体、3ヶ月で何が変わるというのだろう。
男はすでに、この世への未練など無かった。
「それじゃ、3ヵ月後に、またお会いしましょう。」
そう言うと、女は掌で男の目を隠した。
手で隠されただけなのに、やけに真っ暗に感じた。