弱い自分も
できない自分も
ダメな自分も
ずる賢い自分も
情けない自分も
表現していきたいし、
そんな自分のままでも楽しく生きていきたい。
そしてそれがそのまま社会になればいいな。
それが許される社会
というか、それを自分で許していくのか。
自分がそうなる。
そんな社会になるように
まず自分からやってみる。
楽しく遊ぶように働いて、生活して、
それがどんどん拡大する社会。
そして、自分の核がはっきりした人が
たくさんいて
この世界を思いっきり楽しんでる社会。
もっともっともっともっともっと
この世界を楽しみたい。
一緒にブログ書こうー、伴奏者になるから
と書いてたやぎさやちゃんの言葉に
泣きそうになった。
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他人からジャッジされたくない、
って言うのは誰よりも自分が自分をジャッジしていたから。
怒られたくない、
ってのは父親から怒られた時、叩かれたり蹴られたりして、死の恐怖を感じたことがあるから。
これ、最近気づいた大きな出来事。
過去のトラウマの一つ。
嫌われたくない、
がっかりされたくない、
ってのは両親への承認欲求。
進学する時も
職業決める時も
彼氏になりそうな人が現れた時も
全ては親への承認欲求が
選択の基準になってた。
自分の心とか
やってみたいこととか
ガン無視。
そうやって物心ついたときから
30年以上生きてきたんだ。
心は麻痺するし、
ブログに書くことさえ恐怖に感じる。
願いや想いを綴るなんて、ありえない。
怖すぎる。
誰にとっての正解か分からないけど、
多くの人が共感されるようなこと、
人気のある人からそうそう!って
言ってもらえるようなこと以外
書くなんてできない。
とか思ってたけど、そんなのできるわけない。
アクセスも二桁とかしかないのに、
なんで人気ブロガーのような内容を自分に求めてたのか?!
恥ずかしい。
かっこ悪。
情けない。
そんな自分だと嫌だったんだなぁ。
現実突きつけられたようで。
でも、それが今の私だしね。
それらをダメだと決めつけてたのは
他の誰でもない私であって。
それに気づいて、
そんなダメダメな自分でいいじゃん!
今だからなんでも書けるし、
こうやって想いを表現できる練習してみようって思えました。
自分でようやく
自分を認めることができるようになった。
かっこ悪くても
情けなくても
かっこ悪くてもいいやーん。
私だけはわたしの味方で、
応援団ですよ!
大丈夫
大丈夫。
過去の自分も。
今の自分も。
未来の自分なんて、なおさら大丈夫でしかない!
ちょっとずつ
一歩ずつ。