仏教講師、菊谷隆太さんの『一からわかる仏教(ブッダの言葉)』より引用させて頂きます。
【人身受け難し(5)】
お釈迦様は「自殺ほど愚かなことはない。」と説かれた方です。
愚かだと説かれる理由は、自殺者は「飛んで火にいる夏の虫」だからです。
夏に火に飛び込んで虫が死んでいくのはなぜなんでしょうか。
明りに群がるのが習性なのか、炎を花だと勘違いして蜜を求めて近寄ってくるのか
少なくとも、あそこに飛び込むと焼け死んでしまう、と覚悟して飛び込んでいるのではないでしょう。
無知なるが故の悲劇です。
お釈迦様が自殺を止められた話が仏典にありますが、
その止め方はどんな教育者もカウンセラーも
もう言わない、発想もできないような止め方をされています。
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ある時、釈迦が托鉢中、大きな橋の上で、辺りをはばかりながら一人の娘が、しきりと袂へ石を入れているのを見つけた。
自殺の準備に違いない、と知った釈迦は、
さっそく近寄り、優しくその事情を尋ねた。
相手が釈迦と分かった娘は、心を開いてこう打ち明けた。
「お恥ずかしいことですが、ある人を愛しましたが、
今は捨てられてしまいました。
世間の目は冷たく、お腹の子の将来などを考えますと、
死んだほうがどんなにましだろうと苦しみます。
どうかこのまま死なせてくださいませ」
娘は、よよと泣き崩れた。
その時、釈迦は、哀れに思い、こう諭している。
「愚かなそなたには、例えをもって教えよう。
ある所に、毎日、重荷を積んだ車を
朝から晩まで引かねばならぬ牛がいたのだ。
つくづくその牛は思った。
なぜオレは毎日、こんなに苦しまねばならぬのか、
自分を苦しめているものはいったい何なのかと考えた。
そうだ! この車さえなければオレは苦しまなくてもよいのだと、
牛は車を壊すことを決意した。
ある日、猛然と走って、車を大きな石に打ち当てて、
木っ端微塵に壊してしまったのだ。
ところが飼い主は、
こんな乱暴な牛には頑丈な車でなければまた壊されると、
やがて鋼鉄製の車を造ってきた。
それは壊した車の何十倍、何百倍の重さであった。
その車で重荷を同じように毎日引かされ、
以前の何百倍、何千倍苦しむようになった牛は、
深く後悔したが後の祭りであった。
牛が、ちょうど、この車さえ壊せば苦しまなくてもよい
と思ったのと同じように、
そなたはこの肉体さえ壊せば楽になれると思っているのだろう。
そなたには分からないだろうが、
死ねばもっと苦しい世界へ飛び込まなければならないのだ。
その苦しみは、この世のどんな苦しみよりも恐ろしい苦しみなんだよ」
そして釈尊は、すべての人に後生の一大事のあることを、
諄々と教えられた。
娘は、自分の愚かな考えを深く後悔し、
釈尊の教えを真剣に聞くようになり、
幸せな生涯を生き抜いたという。
