瀬戸内寂聴師当市で講演 三好鋭郎(えつお)
来春5月9日(日曜日)、13:30-15:00、東かがわ市の主催で白鳥中央公園にて開催されます。ご来場の方は敷物と座布団を持参されお越しください。
講演後の質疑応答
鳴門市の曼荼羅山寂庵(まんだらさんじゃくあん)にて、約千名参加。09年11月7日、13-14時。質問者:三好鋭郎
三好:共通語が英語に独占され、世界に巨大な不公平や差別がおこっており、テロや戦争に遠因になっていると思うのですが、寂聴先生の見解を聞かせて頂けないでしょうか?
寂聴先生:差別や不公平の原因は言葉だけではないですが、あなたはどうすればいいというのですか。
三好:エスペラントは文法が簡潔で例外がなく、発音記号が無いなど英語の5分の1の労力で学べます。また凡ての民族に公平な言葉です。一国の言語が世界を支配していて世界平和は実現しないし、人類の大部分が成功しない英語のために、無駄なエネルギーを消耗していると思います。
寂聴先生:戦前の無政府主義者の大杉栄などが随分活動しましたが、なぜエスペラント運動が衰退したのでしょうね。
三好:戦後、アメリカやイギリスの圧倒的な経済力、軍事力、政治力により、英語化がドンドンと進んだためにエスペラントが押しのけられつつあるからです。我々が10年以上英語を勉強しても、アメリカ人や英国人の前に立てば、まったく歯が立たないのが現状ではないでしょうか?
寂聴先生:私も英語を習いましたが、「寂聴」という発音が「ジャクチョウ・ジャクチョウ・ジャクチョウ」と何度繰り返しても外人に通じない経験をしています。英語の習得には成功してないので、言葉の問題はなかなか大変だと言えます。
でもねぇ。ノーベル賞をもらった益川先生はねえ「英語で発表する受賞式での講話ができません」と、主催者にいいましたらねえ、「プロの通訳がいるので日本語で結構です」といわれ、祝いの宴会でも何の不便もなかったといいますよ。
三好:「寂聴先生は通訳を通して恋愛ができると思われますか」と質問しようと思ったのですが、大衆の前で恥をかかせてはいけないし、私が質問時間を独り占めしてしまうと思い、「寂聴先生、今日は質問の機会を頂き誠にありがとうございました」と終えました。
寂聴先生:でもねえ。アメリカの時代がいつまでも続かないでしょうねえ。すでに陰りがはっきりしてきており、英語の世界が永遠には続かないでしょうねえ。
講演前の秘書との交渉
長尾玲子氏:先生は元気そうですが年々体力が弱っていて、あなたの期待にお応えするのは難しいですが、A4紙の半分程度に要望をまとめてファックスしてください。講演後にも予定はびっしり詰まっていて、面会の時間は取れませんのでご理解くださいとのことでした。
寂聴先生へファックス(09九年11月8日)
先日、曼荼羅山寂庵にて、エスペラントのことで質問させて頂いた三好鋭郎と申します。日経新聞の「奇縁まんだら」を毎週興味深く拝読させて頂いており、先生のご活動に尊敬もうしあげています。
実は、先生のご尊父さまの生誕地旧引田町の「讃洲井筒屋敷」で、先生のご講演をお願いできないものかと、お願いするために参上いたしました。誠に無礼な要請ではございますが、ご検討賜りますれば誠に幸いでございます。
私は、「一つの神・一つの世界・一つの言葉(国際語)」を推進しています大本(おおもと)の信徒です。そこで、突破口を開くために英語嫌いなフランスの「ル・モンド」に集中し、エスペラントの有効性を伝える全面広告を続けて21回目になります。
昨夏にはEUの初代大統領候補と期待されていた、ポーランド出身のブラニスラウ・ゲレメックEU副議長が、私の新聞広告に呼応し全EU議員786名に案内状を出し、討論会「エスペラントは多言語主義の敵か味方か」に招待しました。ところが彼が討論会に向かう道中で、無念にも事故で亡くなられました。
彼は「連帯」のワレサ議長を支え東欧の自由化に大きく貢献し、フランス語と中世フランス史の権威者でもありました。第2第3のゲレメックが現れると期待できるほど、EUでの言語問題は「第2のベルリンの壁」になると感じる昨今でございます。
私は生後間もなく小児麻痺に罹り、私のために作った杖とカバンを一緒にした「ウォーキングバッグ」が売れはじめています。別便でお贈りさせて頂きましたので、ご使用頂けますれば誠に幸いでございます。
大変に無理なお願いではございますが、どうか宜しくお願いいたします。先生の益々のご健勝を瀬戸浦より念じています。敬具。
東かがわ市ニューツーリズム協会、理事長三好鋭郎
㈱スワニー代表取締役会長(住所・ファックス番号明記)
欧州エスペラント連盟名誉会員、エスペラント普及会理事
11月11日、寂聴先生から「ウォーキングバッグ」への礼状とともに、彼女の著書「奇縁まんだら」2冊と、「幸運の鍵」が送られてきました。同13日、昼食時に寂聴先生自ら突然に電話がかかり、当地での講演を引き受けて頂きました。
一年も前から大字理事長から「87歳になり次期理事長を頼む」と何度となく言われていました。その度に「2階や3階にあがれない足であること、手袋やバッグ以外のことには自信がない」と断り続けてきました。6月には再度強力に頼まれ、人生を賭けたエスペラント運動も道半ばだし、「家族会議を開くので」と一週間待ってもらいました。
そこで、末娘から「お父さんの足になって助太刀するけん、地元にのために受けてあげたらどう」と言われ、妻にも勧められたこともあり、11月からの活動を受諾しました。
これは、讃洲井筒屋敷(引田ひな祭り含めて年に10万人超が訪れるほどに)をはじめ、旧白鳥や五名ならびに福栄や旧大内の観光を活性化することを目的としています。大内地区では㈱トーコーの東社長に副理事長に、引田地区では大字手袋の大字社長を副理事長に就任頂いて全市の観光活性化を目指します。
社員のみなさんには、何かと負担をかけることもあろうかと思いますが、スワニー憲章の「社会貢献」とご理解いただき、ご協力をお願い致します。