北九州市で貿易会社を営むK子です。

 

引っ張って済みません。

ほんっと、苦労話が長いのって、嫌ですねえ。

でも、今日で完結しますので、

もうしばらくお付き合いください。

 

さて、大型トラックが荷物を引き取りに来てしまいました。

 

「荷物、まだっすかあ~~」

 

この時の絶望感は人生10本の指に入るかしら。。

 

 

中国の仕入先では絶対BL書き換えない。と中国スタッフは主張する。

 

それじゃあ、通関切れませんよ~と通関会社は言う。

 

大型トラックこれ、今日使えなくても、賃料は発生する。。

 

明日、朝から納品しないといけない荷物たち。

 

コンテナから出された、大量の荷物の箱たち。

 

一体どうするの。。私、どうなるの。

 

税関の検査場が、閉鎖する時間を過ぎても、事態は動かず、

延長して開場するという。

心の中では、その残業代も、ウチ持ちなんですか、、、と慄く私。

(これは多分なかったはずです多分あせる

 

すると、唐突に、

税関の係りの方から、

 

「荷物、トラックに積んでOKで~~~す!!」

と言われ、意味わからず。

 

意味わからないけど、

とにかく、待ちくたびれているトラックの運転手さんに伝え、積んでいただき、

 

良いって言ったもんね、

と、状況が良いうちにと、その場を出発してもらった。

 

もう、何と言われようが、荷物は返さないわ!!

 

その後、通関会社の担当者に電話すると、

「なんか、通関切れたみたいです~」

 

私は、まだ混乱した気持ちのまま、御礼を心から伝えて、寒い検査場を後にしました。

 

事務所に帰ると、当時の仕事仲間のNさんが待っててくれて、

あったかい飲み物を出してくれて、

苦労をねぎらってくれました。

生き返る私。

 

後日。

 

通関会社から、BLの変更を事後にでも出すように言われていたので、

中国スタッフと何度も打ち合わせ、

ついには、絶対に無理、なはずの変更をしてもらうことに成功しました。

 

その後、別の通関会社と取引を始め、

先般の話をしたところ、

「それは、、、もっと良い方法があったかもしれませんねえ」

 

きっと、経験を積めば、いろいろな対応策があったのかもしれませんが、

それでも、当時の担当者さんは

力を尽くしてくれていましたし、

こちらも、書類の書き方がどれだけ大切か、肝に銘じる経験となりました。

 

また、通関が出来たのも、

間に入ってくださった通関会社を含め、

船会社や代理店、たくさんの方が手を尽くしてくださったからだと思います。


最終的には、税関が許可してくれた訳で、

決め手が何だったかは、

いまだに不明です。


しかし、このことから、税関については、

正しい荷物であり、法律を犯していないものに関しては、

面倒ではあっても、それを妨げる機関ではないと思えるようになりました。

ただし、お金かかったりして、それは勘弁、、、

 

またまた後日。

 

BLの変更を中国の仕入れ先に頼んだ件ですが

※注 BLとは、船荷証券のことで、ざっくり言うと、荷物の引換券みたいな、超重要書類です!

※注 決して ボーイズラブ ではありません

 

やっぱりBLの変更は、大変な作業だったらしく、

それは、数量が違っていたと認めることは、

「密輸」を疑われることや、今後の書類、過去の書類の適正さまで疑われるなど、

まったくメリットの無いことなんでした。罰金とかもあったような。

 

でも、それを無理強いしたことで、

その仕入先との関係にほころびが出来てしまい、

せっかくの良い仕入れ先を失うことになりました。

 

でも!!

そのせいで、今の仕入れ先を見つけることが出来たのですから、

それも満更悪いことではなかったかな、

と思えます。

 

長い昔話にお付き合いいただき感謝いたします。

いつも税関の前を、複雑な気持ちで通っていましたが、

これを書いたことで、

次回からは、私をねぎらってくれた、

Nさんの紅茶の味を思い出せると思うと、、、じんわり温かい気分です。