【真の平和とは何か】
(ティク・ナット・ハン著「Creating True Peace」より一部抜粋)
真の平和はつねに可能です。
ただし、それには強さと忍耐がいります。
とても無理だと思うときにも、決してくじけない強さが必要です。
平和と非暴力を、受け身や弱さと同義だと思っている人がいます。
しかし平和と非暴力を実践することは、まったく受け身などではありません。
平和を実践し、平和を自分の中に息づかせるということは、たとえ誤解や衝突があっても、つとめて理解と愛と哀れみを育むことにほかなりません。
平和を実践するには勇気がいります。
とくに戦時中であれば、なおさらです。
私たちはみな非暴力を実践できます。
それにはまず、自分の中に哀れみの種と暴力の種の両方があることをしっかりと認識しなければなりません。
私たちの心は、あらゆる種類の種が埋まった庭のようなものだと知ることです。
理解の種、許しの種、気づきの種とともに、無知の種、恐怖の種、憎悪の種もあります。
それらのどの種が強いかによって、あるときには暴力も振るえるし、あるときには哀れみも示せるのだと認識しておかなくてはなりません。
怒りや暴力や恐怖の種に心の中で毎日水をやっていれば、それらはますます強く育っていきます。
そうなると、私たちは幸せにもなれないし、自分を受け入れることもできません。
自分を苦しめ、周囲の人々を苦しませるだけです。
一方、愛や哀れみや理解の種を心の中で日々育んでいく方法を知っていれば、それらの種が一日ごとに強くなり、暴力や憎悪の種が一日ごとに弱まっていきます。
自分の中にある怒りや暴力や恐怖の種に水をやれば、心の平和や安定は失われます。自分も苦しみ、周囲の人々も苦しみます。
しかし哀れみの種を育てていけば、自分の心にも周囲の人々の心にも平和が広がります。
これを理解しているだけで、すでに平和の創造を始めていることになります。
