さまよえる高校生たちへ

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『自灯明・法灯明』
調べれば意味は分かると思います。
釈迦の教えの真髄です。
私もこの言葉を噛み締めながら生きています。
誕生おめでとう。今生を楽しんでください。
まだ小さかった頃、『足は大地に、目は星に』という言葉を贈ったことがあります。
それは自分自身への戒めの意味も含んでいました。しかし、私自身、地に足が着いていなかった。
30歳を過ぎても星を追いかけていました。愚かなことです。星は見るものだと気づきました。足が地についていれば、星には手が届きません。星は見るものであり、手に入れようとするものではない、ということを人生をかけて知りました。この言葉も間違ってはいません。折角のすばらしい言葉も、誤解や無理解によって活かされません。星は見るもの。手を出すと足元をすくわれます。気をつけて。
『悪魔は天使の顔をして近づいてくる。』
おいしい話には必ず罠が仕掛けられています。
その時は分からなくても、時間が経つに連れてその罠の大きさに圧倒されます。
取り返しのつかない罠もあります。私の失敗は繰り返さないで欲しいと祈っています。
生きていくのは厳しい。そのことに早く気づいて「いかに楽しく生きるか」に真剣に取り組めるか、が人生を楽しくする秘訣です。
高杉晋作の有名な句「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」。
あなたはどう解釈しますか?
明治、青学、立教、中央、法政のいわゆる「MARCH」(マーチ)は、私立文系の中堅上位校として 人気の高い大学群だ。学生数が多く、知名度も高い。大企業の学歴フィルターもクリアするため、 「MARCHくらい行っておけば就職もひと安心」と考える学生も多い。
しかし、あまりよく考えずに進学して卒業し、それなりの会社に無事就職してしまうと、ふと物足りなさに駆られることもあるようだ。 1月23日のおーぷん2ちゃんねるでは、MARCH卒を自称する男性会社員が、ある悩みを明かしている。
それなりに成功「でもナンバーワンでもオンリーワンでもない」
スレ主はMARCHに属する大学卒業後、メーカーに入社した30歳男性。年収は「650万」というから、勤務先は大手上場企業と見られる。他人もうらやむ地位にいながら、スレ主は「なんか中途半端だわ」と不満を漏らす。
「俺って言ってみれば足軽なわけじゃん。足軽として多少の食い扶持をもらって会社に尽くすわけだ。俺の一度しかない人生これでええんかな」
大企業では幹部クラスは旧帝大卒や早慶卒が占め、MARCH卒はいわゆる「ソルジャー(兵隊)扱い」といわれることがある。
他のユーザーが「家族養っていければ何でもいいよ」と、結婚して子どもを儲ければ環境の価値が分かると指摘するものの、男性は納得しない。
「なんかそういうの虚しくね? ガキの頃になりたくなかった大人そのもの」
「俺はそうなりたくない」
MARCH卒の時点で超エリートにはなれないという指摘に「まあそうなんだけどさ」と頷きつつ
、「なんでもいいけど第一人者、量産型じゃない人になりたい」と青臭く答える。そして、30代を迎えた危機感をこう綴っている。
「だんだん自分のスキルも固定化されてくるわけじゃん。そうすると自分が決して勝てない奴とかいるんだよ。 俺は(略)『それなり』に成功してるんだ。でもナンバーワンでもオンリーワンでもないんだよ。で、なんか虚しい」 量産型と自虐しつつ「自分にしかできないことがやりたい」
やはり会社から与えられた計画と、上司の指示に従う「その他大勢」という立場に虚しさを感じているのか。
「普通に生活するだけじゃ飽き足らないのか」と尋ねるユーザーに対し、スレ主はこんな言葉を発している。 「俺なんていつでもリプレース(置き換え)できる。これが虚しい」
「世の中にはリプレース出来ない人が、たくさんいるにもかかわらずな」
「量産型ってなんか悲しいよねって、綾波レイの気持ちだねって」
独立を促す人もいるが、文系は「コンサルという名のセミナー屋になるしかない」「その仕事に魅力を感じない」と言って耳を貸さない。さらに自分の野望を語り出した。
「1番になりたいのとは少し違う。自分にしかできないことがやりたい」
「というか世界に良い影響を与えたい」グーグルやJICAの名前をあげて「自分が世界を変えるような仕事がしたい」というものの、採用のハードルが高かったり、仕事がきつかったりするので諦めている。結局、「自分がいなくても普通に会社は回る、世界も回る。なんか虚しいなって思った」ということだ。
「こんな仕事がしたい」という熱意を持って就活したか
この様子を見た他のユーザーは、MARCH卒を「中途半端な学歴」と呼び、「劣等感と自尊心の間でこういう恥ずかしい発言をしてしまうんだろうな」と呆れている。自分は有名大学を出たというプライドと、序列で言えばさらに上がいるというコンプレックスがあるのかもしれない。
なおMARCHに通う学生たちは、就活時にもワナに嵌りやすいという指摘がある。MY就活ネットは「マーチの大手病」という項目を設け、「『大手企業に入社しなくてはならない』というプレッシャー、あるいは強迫観念」に囚われて、内定を得られないMARCH学生の存在を指摘している。そして対処法として、「『大手企業に入りたい』ではなく『○○という仕事がしたい』という熱意をもって就活をするのです」 と諭している。冒頭のスレ主も、このアドバイスに従っておけば生きがいを掴めたのだろうか。「大手病」になっても悲劇、運よく入社できても不満というMARCH卒は、どちらに転んでも微妙な立ち位置にいるのかもしれない。
「自分探しの旅」をする若者がいますが、見つかるはずがありません。
人間は空っぽで生まれ、経験を積んで育ちます。自分の中身をほじくり返しても今までの経験しかありません。新しい自分を見つけるには、新しい経験を積むしかないのです。
「自分探し」ではなくて、『楽しいと思えることを探して』ください。
人生を80年、定年を65歳と仮定します。23歳から65歳まで働いたら、42年間働くことになります。
人生の52.5%を使うことになります。さらに365日のうち200日を出勤日とした場合、一年間の54.8%が労働時間。9時間労働、7時間睡眠としたら、一日の起きている間の52.9%。もはや、人生のというか、活動できる時間のほとんどを仕事が占めることになります。分かっているとおり、家族と過ごす時間よりも会社にいる時間の方が圧倒的に長いのです。
幸せな人生=仕事と家族、とはこういう理由なのです。