今年もいろいろありました。
■本年、最後の投稿です。
■今年もいろいろありました。インターネットでweblogを残すことの魅力は、いつどこで何をし、何を感じていたのか。これを時系列やジャンル別でチェックすることができることです。
■10年手帳との違いはインターネットにつながっているパソコンがあれば、どこでもチェックできるうえに画像もしっかりと残せることです。
■こういったツールとぼくとの相性はすこぶるにいいようで、日記など3日も続かなかった自分が、来年で何と5年目を迎えることになります。
■で、今年を月別にいろいろと振り返ってみたいと思います。
■1月。■ライブドア事件が記憶に残ってます。堀江被告が逮捕された日の夜、六本木ヒルズ前は報道陣でごったがえしており、出てくる人間誰かまわずにマイクをむけておりました。これを見て「あぁ、六本木ヒルズで働く人間は一様にこの対象になってしまうのかぁ」と思ったものです。■2月。■大阪と名古屋への出張が印象的です。大阪で食べたたこ焼き、名古屋で食べた手羽先の味は忘れられません。島国日本とはいえ、日本は広いなぁと思った次第。■3月。■彼女と見た哲学堂の桜と、幕張の海辺がいい思い出です。3月って東北では冬、なんだけど東京は春、なんだなぁと強く感じた月でした。■さかいゆうの『Midnight U…』と、ケツメイシの『桜』をよく聴いておりました。■4月。■この月に祖母が亡くなりました。「誰にも迷惑をかけずに死にたい」という想いが随所に奇跡的な偶然を起こし、スピリチュアルの深意を感じた出来事でもありました(葬式の日が月曜だったけど、妹が運良く休みを取っていたり、ぼくは土曜出社して月曜日分の仕事をひと通り終えた時に連絡が来た)。■5月。■この月は六本木ヒルズから自宅のある西落合まで歩いた日が思い出深いなぁ。そこからただひたすらiPodで音楽を聴きながら歩きました。3時間30分くらいかかったかなぁ。。。■新緑の青山、GWで賑わう新宿、休みをゆっくり楽しんでいた中野の親子連れ。牧歌的でいい一日でした。■大人って何か目標を達成すると、モノを貰えるものですが、この日のウォーキングにはもちろん何も貰えるわけでもなく。■帰宅後に疲れた全身からわき上がった「やったぞっ!」っていう高揚した気持ちは意義深いものがありました。■6月。■やっぱりワールドカップかな。イタリアかドイツかトーゴの優勝をブチ上げて見事に的中。でも、日本はオーストラリアに負けた瞬間から盛り下がっちゃいましたねぇ。。。■QBKなる新語も生まれました。■7月。■人生初の札幌と福岡に行けたことが思い出です。とりわけ、暑くて人も厚かった福岡は印象的でした。とあるかたからは焼酎まで贈っていただきまして。■あとは日大山形の甲子園決定、でしょうか。毎日新聞に載ってたアルプスで頭に「日大」「山形」って髪切った部員たちは元気なんだろうか。。。■8月。■実家に帰省して、思い出の場所を自転車でデジカメ片手にめぐったことが印象的です。■また、21年前に亡くなった父方の祖母の墓参りの際、「わたしはyadb(ぼくの本名)から小遣いをもらうまでは生きたい」と祖母が生前言っていたことを知り、ちょっとうるっとくる。■9月。■この月の末ごろからタッチフット現役復帰。■ほかにもYouTubeでずいぶんと動画補完した月でした。■10月。■タッチフットとNFLと完全にアメフト一色の月に。■季節外れの日焼けっぷりに社内で冷笑されたのもこの時期でした。。。■11月。■タッチフットもひと段落し、わりに週末は遊んだ月でした。いい本といい人物に数多く出会えた月でしたねー。■12月。■ひさびさに山形へ。高橋健二の引退ゲームに涙したことが善き思い出です。あとはいろいろと忘年会ラッシュ。ふかひれと北京ダックを初めて食べました。。。■と、長々と振り返ってみました。■いやぁ、公私にわたって多くの出会いがあり、楽しい一年でした。■来年はもう先に告知しちゃうけど、どこかで3ヶ月くらい更新をストップさせ、ちょっとやりたいことに取り組みます。■今年、公私ともども付き合いのあったみなさま、ありがとうございました。■来年もよろしくお願いします。
■今年もいろいろありました。インターネットでweblogを残すことの魅力は、いつどこで何をし、何を感じていたのか。これを時系列やジャンル別でチェックすることができることです。
■10年手帳との違いはインターネットにつながっているパソコンがあれば、どこでもチェックできるうえに画像もしっかりと残せることです。
■こういったツールとぼくとの相性はすこぶるにいいようで、日記など3日も続かなかった自分が、来年で何と5年目を迎えることになります。
■で、今年を月別にいろいろと振り返ってみたいと思います。
■1月。■ライブドア事件が記憶に残ってます。堀江被告が逮捕された日の夜、六本木ヒルズ前は報道陣でごったがえしており、出てくる人間誰かまわずにマイクをむけておりました。これを見て「あぁ、六本木ヒルズで働く人間は一様にこの対象になってしまうのかぁ」と思ったものです。■2月。■大阪と名古屋への出張が印象的です。大阪で食べたたこ焼き、名古屋で食べた手羽先の味は忘れられません。島国日本とはいえ、日本は広いなぁと思った次第。■3月。■彼女と見た哲学堂の桜と、幕張の海辺がいい思い出です。3月って東北では冬、なんだけど東京は春、なんだなぁと強く感じた月でした。■さかいゆうの『Midnight U…』と、ケツメイシの『桜』をよく聴いておりました。■4月。■この月に祖母が亡くなりました。「誰にも迷惑をかけずに死にたい」という想いが随所に奇跡的な偶然を起こし、スピリチュアルの深意を感じた出来事でもありました(葬式の日が月曜だったけど、妹が運良く休みを取っていたり、ぼくは土曜出社して月曜日分の仕事をひと通り終えた時に連絡が来た)。■5月。■この月は六本木ヒルズから自宅のある西落合まで歩いた日が思い出深いなぁ。そこからただひたすらiPodで音楽を聴きながら歩きました。3時間30分くらいかかったかなぁ。。。■新緑の青山、GWで賑わう新宿、休みをゆっくり楽しんでいた中野の親子連れ。牧歌的でいい一日でした。■大人って何か目標を達成すると、モノを貰えるものですが、この日のウォーキングにはもちろん何も貰えるわけでもなく。■帰宅後に疲れた全身からわき上がった「やったぞっ!」っていう高揚した気持ちは意義深いものがありました。■6月。■やっぱりワールドカップかな。イタリアかドイツかトーゴの優勝をブチ上げて見事に的中。でも、日本はオーストラリアに負けた瞬間から盛り下がっちゃいましたねぇ。。。■QBKなる新語も生まれました。■7月。■人生初の札幌と福岡に行けたことが思い出です。とりわけ、暑くて人も厚かった福岡は印象的でした。とあるかたからは焼酎まで贈っていただきまして。■あとは日大山形の甲子園決定、でしょうか。毎日新聞に載ってたアルプスで頭に「日大」「山形」って髪切った部員たちは元気なんだろうか。。。■8月。■実家に帰省して、思い出の場所を自転車でデジカメ片手にめぐったことが印象的です。■また、21年前に亡くなった父方の祖母の墓参りの際、「わたしはyadb(ぼくの本名)から小遣いをもらうまでは生きたい」と祖母が生前言っていたことを知り、ちょっとうるっとくる。■9月。■この月の末ごろからタッチフット現役復帰。■ほかにもYouTubeでずいぶんと動画補完した月でした。■10月。■タッチフットとNFLと完全にアメフト一色の月に。■季節外れの日焼けっぷりに社内で冷笑されたのもこの時期でした。。。■11月。■タッチフットもひと段落し、わりに週末は遊んだ月でした。いい本といい人物に数多く出会えた月でしたねー。■12月。■ひさびさに山形へ。高橋健二の引退ゲームに涙したことが善き思い出です。あとはいろいろと忘年会ラッシュ。ふかひれと北京ダックを初めて食べました。。。■と、長々と振り返ってみました。■いやぁ、公私にわたって多くの出会いがあり、楽しい一年でした。■来年はもう先に告知しちゃうけど、どこかで3ヶ月くらい更新をストップさせ、ちょっとやりたいことに取り組みます。■今年、公私ともども付き合いのあったみなさま、ありがとうございました。■来年もよろしくお願いします。
かっとばし
■というわけで、諸事情により公表は控えておりましたが、本日(30日)実家に帰郷。
■東京と仙台を99分で結ぶ、というおそらくはJR東日本が誇る最大のコストパフォーマンス快速特急「はやて」で帰ってきました。マジあっという間。飛行機よりも速くて安いってのがウケます。
■で、仙台で中学校の同級生と11年ぶりに再会し、飲む。午後4時からリストランテで食事をし、午後7時前にはグラッパをあおるというすてきな夜でした(ありえねー)。そのまま夜10時ごろまで目星のついた店で飲む。
■店を出ると、異常な寒さ(東京に慣れたとはいえ、この寒さはこたえた)。仙台から実家のある多賀城へ向かう電車に乗る。寒さのあまり、あったかい車内で熟睡。
■目が覚めると、松島海岸駅だった。みごとに乗り過ごしてしまった。人生二度目。
■駅員に聞くと、まだ23時台というのに折り返しの電車はないとの返事。これぞ東北クオリティ。
■小雪のちらつくなか、駅前でひとり電話。20コール目でつながったタクシー会社に来てもらう。このタクシーがこなかったら、30キロはある道を歩くはめにあうとこだった(笑)。
■しかし、ここで救世主登場。タクシーの運転手がかなりファンキーだった。乗り過ごした顛末、そして行き先を告げるとしばし爆笑される。そして、『下妻物語』にでも出てきそうな異様なテンションで「まかせとき」とか言う。
■そこからは、車の走っていない国道を爆走。なぜかNHKラジオのボリュームを大きくして運転しはじめる運転手。大音量で演歌が流れるなか、誰もいない松島を抜け、そしてネオンライトがまぶしい塩釜港を通り過ぎる。まさに一足早い「初日の出暴走」と相成りました。
■乗車時間をはっきり覚えているけど、19分間でした。松島から多賀城を19分って相当にヤバいです。3000円でおつりがきたのは、もはや笑うしかなく。
■楽しい夜でした。
■東京と仙台を99分で結ぶ、というおそらくはJR東日本が誇る最大のコストパフォーマンス快速特急「はやて」で帰ってきました。マジあっという間。飛行機よりも速くて安いってのがウケます。
■で、仙台で中学校の同級生と11年ぶりに再会し、飲む。午後4時からリストランテで食事をし、午後7時前にはグラッパをあおるというすてきな夜でした(ありえねー)。そのまま夜10時ごろまで目星のついた店で飲む。
■店を出ると、異常な寒さ(東京に慣れたとはいえ、この寒さはこたえた)。仙台から実家のある多賀城へ向かう電車に乗る。寒さのあまり、あったかい車内で熟睡。
■目が覚めると、松島海岸駅だった。みごとに乗り過ごしてしまった。人生二度目。
■駅員に聞くと、まだ23時台というのに折り返しの電車はないとの返事。これぞ東北クオリティ。
■小雪のちらつくなか、駅前でひとり電話。20コール目でつながったタクシー会社に来てもらう。このタクシーがこなかったら、30キロはある道を歩くはめにあうとこだった(笑)。
■しかし、ここで救世主登場。タクシーの運転手がかなりファンキーだった。乗り過ごした顛末、そして行き先を告げるとしばし爆笑される。そして、『下妻物語』にでも出てきそうな異様なテンションで「まかせとき」とか言う。
■そこからは、車の走っていない国道を爆走。なぜかNHKラジオのボリュームを大きくして運転しはじめる運転手。大音量で演歌が流れるなか、誰もいない松島を抜け、そしてネオンライトがまぶしい塩釜港を通り過ぎる。まさに一足早い「初日の出暴走」と相成りました。
■乗車時間をはっきり覚えているけど、19分間でした。松島から多賀城を19分って相当にヤバいです。3000円でおつりがきたのは、もはや笑うしかなく。
■楽しい夜でした。