『村上春樹はくせになる』のか?
■青山七恵さんの芥川賞受賞を受け「最近の文壇はどうなってんだろ?」と気になり、書店へ。
■で、たまたま手に取った『文學界』で、批評家の千葉一幹さんが『村上春樹はくせになる』という本について書評を書いていた。
■千葉一幹さんは、ぼくが大学時代に文芸批評と近代文学とフランス語を教わった先生です(まぁ、成績はさっぱりでしたが・苦笑)。
■村上春樹や村上龍と同じ『群像』の新人賞を森鴎外の批評で受賞した千葉一幹さんですが、彼は村上春樹があまり好きではありませんでした。わりに近代文学を推していた気がぼくには感じられました。
■なぜ、村上春樹が好きではないのか。その理由を尋ねることができませんでしたが、彼がひところ毎月『群像』に批評を書いてて「『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のエンディングがあまりにも引きこもりの匂いが強い。私はもっとクールに文壇に離別を唱える人間だと期待していた」といったことを書いてました。
■まぁ、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』については、村上春樹が全集のあとがきで書いているように「このエンディングはないんじゃない? はい、書き直しっ!」と奥さんに言われたから、というのが通説ではございますが。
■で、今回の『文學界』。千葉さんは、この『村上春樹はくせになる』を読んで「よくよく考えると自分は若かった」といった微妙な論転換を展開。清純な文学青年って感じで、その転換が心地よかったです。
■この書評で千葉さんが指摘しているように、村上春樹という作家は1995年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件を契機に作風が変化しました。
■直言すると、ぼくは1995年以前の作品が「おもしろ」く、それ以降の作品にはなかなか馴染めません。『スプートニクの恋人』も『海辺のカフカ』も『神の子どもたちはみな踊る』も。
■理由がなかなか説明できないんだけど、村上春樹自身が経営していたジャズバーのテーブルで書かれた『風の歌を聴け』が、ギリシャで書かれた『ダンスダンスダンス』が、アメリカで書かれた『ねじまき鳥クロニクル』が、ぼくにとっては村上春樹の好きな作品です。
■書評の(おそらくは)本来の目的であるところの「読んでみるといいですよ」オーラのある書評でした。シニカルな千葉節は健在で。
■近々、買って読もうかと思います。