05/06は8週6日の検診の日でした。
まだ母子手帳交付の指示がおりず
なんとなく自分の中で
『今日の検診で母子手帳交付オッケーの指示がでるか
はたまた、赤ちゃんが成長する望みが薄いか
どちらかの判定が出るだろ』
という予感がしていました。
妊娠検査薬で陽性が出たときは
心配性な性格な私は
いつ流産するのか、、、![]()
と、不安もあったため覚悟もしていました。
その後、病院で胎芽のエコー写真を貰ったり
微弱ながら心拍確認できたり![]()
しているうちに、
赤ちゃんの生命力を信じたい![]()
と、思うようになっていました。
だから、この日の検診は
どちらかはっきりするだろうけど
母子手帳の交付は夫婦で行きたい(行けるなら)と
思っていたので
GW中で主人も家に居たので
一緒に病院に行きました。
母子手帳楽しみだね〜![]()
なんて話ながら。
そこで先生の焦り![]()
具体的にどんな表現の言葉を言われたか覚えて
いませんが
『心拍の確認ができません』
そう言いながら何度も確認しようとしてくれている
様子は感じました。
『胎嚢も胎芽も小さすぎます。そして前回から大きくなっていません』
と、何度も測ってくださいました。
もう十分過ぎるほど。
一緒にエコー画面をみながら説明を聞いていた
主人がそっと私の肩に手を伸ばして来てました。
悲しいとかの感情より
先生に言われている言葉と現実を受け入れようと
しっかりしようと神経を尖らせていた事は覚えています。
先生からは今後の説明が淡々と続く
『近々、先生を変えて再検査しましょう。
そして、手術をしない方もいらっしゃいますが
私は手術することをお勧めします。
今日が金曜日なので月曜日に手術とかどうですか?』
今日の先生の検診でじゅうぶん過ぎるほど
だったので、別日に他の先生にも診てもらう必要性は感じていませんでしたが
そうした方が、病院側にとって
後のトラブルなどを防ぐためにもいいんだろうと思い
言われるがままに翌日土曜日に
再検査して貰うことにしました。
その日の夜は食事をしながら
主人の肩に顔をうずながら泣きました。
宣告後初めて声をあげての号泣![]()
主人も声を詰まらせながら
次頑張ろうと。母にしてやれなくてごめん。と。
翌日、主人の付き添いのもと院長先生の検診。
結果は
同じく。
内診台に乗りながら、号泣。
落ち着かせようと頑張るも
涙が止まりませんでした。
院長先生からは
『40過ぎるとどうしても流産率はあがります。
また、流産は意外と沢山の方が経験されていることです。だから泣かないで』
と優しく言っていただき
気持ちが少し救われた気がしました。
その後別室で
手術の説明を聞き帰宅。
翌日、主人の付き添いのもと手術。
稽留流産手術とその後についてはこちら↓
術後、これまでの赤ちゃんのエコー写真を見るのがつらくて
主人にほとぼりが冷めるまで
私の視界に届かない所で保管して欲しい。と頼みました。
宣告後、エコー写真を捨てる?と発した私に
『赤ちゃんがいた事は事実なんだから捨てない』
と言ってくれた事ありがとう。
この子が居てくれた約2ヶ月(9週0日)に感謝します。
妊娠してすぐに
体がダルくて一日中横になりたかった。
つわりとはわからずに怠惰な自分だと主人に思われる気がして気持ちと行動が伴えずにイライラした。
堂々と休んだら良かったよ![]()
妊娠てこんなに体調が変わるんだなって事を
知りました。
これから授かるかはわからないけど
今回の経験を次に生かしたいと思います![]()
最後までお読みいただきありがとうございました![]()
