108G54
25歳の女性。月経が遅れていることを主訴に来院した。3月3日の市販のキットで妊娠検査を行ったところ陽性であったため、3月9日に受診した。2月20日に頭痛のため鎮痛薬を内服しており、先天異常を心配している。子宮は正常大で付属器を触知しない。経腟超音波検査にて子宮内に胎嚢が認められた。月経周期は28日、整。最終月経は2月1日から6日間。
現時点の説明として適切なのはどれか。
a.「人工妊娠中絶を行いましょう」
b.「妊娠中に使える薬はありません」
c.「内服したのは着床の頃なので心配ありません」
d.「内服したこの薬によって胎児の先天異常の頻度が増加します」
e.「薬を飲まなくても胎児の先天異常は0.1%の頻度で起こります。」
正解:c
<今回の要点>
①薬剤の胎児に対する影響は、催奇形性と胎児毒性に大別される
②催奇形性が問題になるのは器官形成期(妊娠4~15週)であり、胎児毒性はそれ以降である
③NSAIDsは動脈管閉鎖を引き起こす可能性がある
この問題の正答率は44%とかなり低いですが、これは知っていて欲しいですね。
妊婦さんが病気にならないわけではないので、産婦人科以外も普通に受診しますからね。
<催奇形性と胎児毒性>
妊婦というだけで薬を処方しない医師もいますが、実は、使えない薬は意外と少ないです。
そもそも、薬が児に与える影響としては、
①催奇形性:臓器の形成で異常が生じる
と
②胎児毒性:すでに出来上がった臓器で機能障害を起こす
の2通りがあります。
①催奇形性は、臓器が形成される時期、つまり器官形成期で問題になります。
これは、妊娠4週~15週に当たります。
催奇形性で有名なのがサリドマイドですね。
西ドイツで開発された睡眠薬ですが、妊娠中にこれを服用していた症例でアザラシ肢症と呼ばれる四肢奇形が発生しました。
即座に販売中止になりましたが、世界で3900人の形態異常児が誕生しました。
この事件をきっかけに、妊娠中の薬剤使用についての安全基準が見直されることとなりました。
②胎児毒性は、臓器が形成された後の問題です。
各臓器の形成時期は異なりますから、一概には言えませんが、概ね妊娠15週以降で問題になります。
胎児毒性で有名なのはNSAIDsですね。
NSAIDsは動脈管閉鎖という現象を引き起こすことがあります。
動脈管とは、胎児にのみ存在する血管で、肺動脈から大動脈弓へ開通しています。
なぜこんなものがあるのかというと、胎児は肺呼吸しないからです。
胎児循環
出生後は、血液の酸素化は肺で行いますが、在胎中は胎盤で行います。
そして、胎盤で酸素化された血液を、できるだけそのまま脳に届けるというミッションを遂行するため、ある特徴があります。
それが卵円孔です。
臍帯静脈は静脈管を通って下大静脈と合流し、右心房に入ります。
その流れのまま、卵円孔を通って左心房に入ります。
これがあることによって、上大静脈から来た血液(すでに頭部に酸素を届けた後)との混ざりが最小限になり、酸素化を保ったまま大動脈に入ることができます。
そして、そのまま頭部に向かう3本の動脈(腕頭動脈、左総頚動脈、左鎖骨化動脈)に流れ込みます。
この3本を通り過ぎた後に、動脈管が合流します。
動脈管を介して肺動脈から大動脈に直接血液が流入します。
動脈管の存在意義は、肺への血流を減らすことです。
肺は他の臓器に比べて極端に成熟が遅く、34週頃になってようやく完成します。
胎児は肺呼吸しないので、急いで完成させる必要がないからですね。
動脈管はプロスタグランジンE1(PGE1)の持つ平滑筋弛緩作用によって拡張しています。
NSAIDsは言わずと知れた鎮痛薬ですが、その作用機序は痛みの伝達物質であるPGE2の生成を阻害することで発揮されます。
ですが、PGE2と同時にPGE1も生成阻害されるので、動脈管を開通させ続けることを邪魔するんですね。
これでもし動脈管が閉鎖してしまったら、大動脈に流入するはずだった血液がすべて肺に向かいます。
ところが、肺はまだまだ未成熟で、血管も未発達ですから、そんな大量の血液を滞りなく肺静脈から戻すなんてできないわけです。
そうすると血液は右心室でうっ滞するので、うっ血性心不全、さらには胎児水腫を引き起こすという結末が待っています。
NSAIDsなんて、普通に薬局で買えてしまうので、非常に危険です。
催奇形性や胎児毒性を起こしうる薬剤は他にもたくさんありますが、NSAIDsはずば抜けて手に入りやすいので注意が必要なんです。
ちなみに湿布でもダメです。
さて、本問はその鎮痛剤を内服していますね。
問題はいつ内服したかです。
2月1日が最終月経開始日で、2月20日に内服しているので、2週6日ですね。
これは器官形成期の前なので、全然問題ありません。
ということで正解はcですね。
では、他の選択肢にもコメントしていきます。
a.「人工妊娠中絶を行いましょう」
そもそも本問は薬剤の影響がない時期なので、こんな発想はもちろん出てきません。
では、これが妊娠16週だったとしたら、あり得る提案なのでしょうか。
人工妊娠中絶は、軽い気持ちで行う人も多いですが、本来は堕胎罪に該当します。
じゃあ、なぜ中絶しても逮捕されないのかといったら、母体保護法という法律があるからです。
これの第14条が、人工妊娠中絶について規定しています。
これを読むと分かりますが、胎児に奇形や遺伝子異常があるからという理由で人工妊娠中絶をすることは許されていません。
ですので、仮に16週以降であっても、この発言はあり得ません。
とはいえ、日本中で人工妊娠中絶が行われているのは事実であり、これは上記の第1項第1号を拡大解釈して行われているのが現状です。
b.「妊娠中に使える薬はありません」
そんなことはありません。
むしろ、使えない薬の方が少ないです。
使えない薬として最低限覚えておいてほしいのは
経口血糖降下薬
ACE阻害薬・ARB
ワルファリン
NSAIDs
というところでしょうか。
ちなみに血糖降下薬でも、インスリンは使えます。
インスリンは経口血糖降下薬と比較してずっと分子量が大きく、胎盤を通過しないからです。
同じ理由で、ワルファリンはNGだけどヘパリンはOKです。
禁忌薬剤は他にも色々あるので、ガイドライン(p.73)に記載されている表を載せておきます。
d.「内服したこの薬によって胎児の先天異常の頻度が増加します」
上述の通り、この時期ならば問題ありません。
e.「薬を飲まなくても胎児の先天異常は0.1%の頻度で起こります。」
先天異常の発生頻度は3~5%です。
結構高いですよね。
まあ、仮にこの数字が合っていたとしても、それをこの状況で告げることに意味はありませんね。
薬を飲んだことで先天異常になるのではないかと心配しているのに、
「いや、飲まなくてもなるときはなるし」
みたいな返答をしても、答えになってません。
ちなみに、この選択肢を選んだ人が最も多かったようです。
先天異常の原因は薬以外にも色々あるので、載せておきます。
<http://www.jsog.or.jp/PDF/59/5909-246.pdfより引用>
p.s. 薬剤の添付文書には、妊婦への投与についてという項目があります。ほとんどが「有益性が危険性を上回る場合に投与可能」と書いてあります。これは、”現状では催奇形性や胎児毒性の報告がなく、安全に使用できると判断できる”という意味と考えてよいです。
次回は「妊娠初期④~妊娠と放射線~」です。
(次回の問題)
妊娠中の放射線被曝について正しいのはどれか。
a.胎児の奇形発生には閾線量がある
b.妊婦の内部被曝では胎児への影響はない
c.妊娠早期の被曝は人工妊娠中絶の適応となる
d.胎児の奇形発生リスクは妊娠後期の被曝で高い
e.出生後の精神発達遅滞の発症リスクは妊娠後期の被曝で高い