更年期障害に対するホルモン補充療法の禁忌はどれか。2つ選べ。

a.乳癌 b.うつ病 c.骨粗鬆症 d.脂質異常症 e.深部静脈血栓症

 

正解:a,e

 

<今回の要点>

①エストロゲンによって増悪する重篤な疾患の既往がある場合、ホルモン補充療法は禁忌である

②エストロゲンは脂質代謝を促進する

③更年期症候群は症状が多岐に渡るため、症例に応じてホルモン補充療法以外の選択肢も検討すべきである

 

前回の解説を読めば、今回は楽勝でしょう。

一つ一つ選択肢を見ていきます。

 

a.乳癌:乳癌の60~70%はエストロゲンレセプター(ER)を発現しており、エストロゲンによって癌細胞が増殖するということは前回述べた通りです。ですので、現在乳癌に罹患している人にホルモン補充療法を行うなど、もってのほかですし、既往であってもアウトです。「残りの30~40%なら関係ないからいいんじゃない?」と思うかも知れませんが、生検した箇所にERが発現していないからといって、それ以外の場所にないとは限らないので、そんな危ない橋は渡れません。よって、この選択肢が一つ目の〇です。

 

b.うつ病:更年期はうつ病の好発時期であり、その理由は前回述べた通りです。ホルモン補充療法を行ったからといって治るものではありませんが、「太った」とか「肌のハリがなくなった」といった、エストロゲンの減少による変化が心理的に影響を与えているとしたら、ホルモン補充療法によってある程度改善するかもしれません。少なくとも禁忌ということはないので×です。

 

c.骨粗鬆症:エストロゲンは骨密度を上昇させますので、骨粗鬆症の予防効果が期待できます。よって×です。

 

d.脂質異常症:エストロゲンは脂質代謝を促進しますので、脂質異常症に対してはもちろん改善の方向で働きます。よって×です。

 

e.深部静脈血栓症:何度も述べていますが、エストロゲンは肝臓を通過する際に凝固能を亢進させるので、既に深部静脈血栓症がある人にホルモン補充療法を行うのは、さらなる血栓の形成を促すことになるので、やってはいけません。過去に既往のある人も、血栓性素因があると考えられるのでダメです。よってこの選択肢が2つ目の〇です。

まあ、経皮剤であればそれほど影響ないかもしれませんが、もちろんゼロではないので、あえてやることはないでしょう。

 

ということで、正解はa、eです。

 

 

さて、今回はむしろここからがメインディッシュです。

これからd.脂質異常症について掘り下げたいと思います。かなり長いですが、脂質についての理解がぐっと深まること間違いなしです。

 

そもそも脂質とは何かというと、簡単に言えば「水に溶けない生物由来の物質」ということになります。その形態で呼び名は変わりますが、大きく分けてコレステロール脂肪酸という形で体内に存在します。コレステロールと脂肪酸は下図のような構造をしています。脂肪酸は、二重結合がないものを飽和脂肪酸、二重結合があるものを不飽和脂肪酸といいます。二重結合が1個ならば1価不飽和脂肪酸、2個ならば2価不飽和脂肪酸といいます。

 

コレステロールは細胞膜や各種ステロイドホルモンの材料になり、脂肪酸はエネルギー源になります。下図は細胞膜の模式図ですが、リン酸に脂肪酸が2個くっついているのがわかると思います。

※ホルモンについては、コレステロールが原料となるものをステロイドホルモン、アミノ酸が原料となるものをペプチドホルモンといいます。

ということで、脂質は人体にはなくてはならないものなのですが、ありすぎると色々と不都合が生じてきます。その最たるものが動脈硬化からの虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)ですね。

↓動脈は、内膜・中膜・外膜と3層構造になっていますが、内膜にコレステロールが蓄積して、プラークというものを形成します。これが破綻して血管内皮細胞が傷つくと、血栓ができて内腔が塞がってしまうわけです。

このとき、コレステロールはLDLコレステロールという形でまとまっています。体内をコレステロールが移動する際には、LDLもしくはHDLという形態をとります。LDLは各所にコレステロールと脂肪酸を届けるとき、HDLは各所からコレステロールと脂肪酸を回収して肝臓に向かうときの形態です。LDLが多いということは、それだけ血管内に脂質が余っているということです。HDLが少ないということも、同様の意味合いです。

血管内を漂うLDLは、やがて酸化していきます。これが血管内膜に潜り込むと、マクロファージに貪食されたり内皮細胞に取り込まれたりします。酸化LDLを取り込んだ細胞のことを泡沫細胞といいます。泡沫細胞はやがて破綻し、放出されたLDLは血管内膜に蓄積していきます。これが前述したプラークですね。

 

狭心症・心筋梗塞といった虚血性心疾患の原因が脂質過多によるものと分かったので、その状態を脂質異常症として、治療の対象とするようになりました。具体的には、トリグリセリド(中性脂肪)・LDLコレステロール・HDLコレステロールの3つに着目し、それぞれに基準値を設けました。

つまり脂質異常症とは、

高トリグリセリド血症(150mg/dl以上)

高LDLコレステロール血症(140mg/dl以上)

低HDLコレステロール血症(40mg/dl未満)

の3つを指します。

 

この3つのうち、LDLコレステロールについては、エストロゲンが肝臓におけるLDLコレステロール取り込みを促進することが分かっているので、エストロゲンが低下すれば肝臓への取り込みが低下し、血中濃度が上がることが明らかになっています。

また、疫学的にも、女性は40歳以降ではトリグリセリドの上昇を、50歳以降ではLDLコレステロールの上昇とHDLコレステロールの低下を認めることが分かっており、エストロゲンの低下が脂質異常症の原因になっていることが推察されます。

 

というわけで、ホルモン補充療法を行うとLDLが低下し、HDLが上昇し、トリグリセリドが低下する、と思いたいところですが、そうはなりません。投与経路が経口なのか経皮なのかで違いが生じます。

 

経口:LDL↓、HDL↑、トリグリセリド↑、LDL酸化→

経皮:LDL→、HDL→、トリグリセリド↓、LDL酸化↓

 

という結果になります。なぜこうした違いが出るかについては、はっきりとは分かりませんが、最初に肝臓を通過するかどうかが大きな違いだと思われます。そもそも経口薬は小腸で吸収された後に、まず門脈を通って肝臓を通過するので、ここでいきなり代謝されてしまうんですね。これを初回肝通過効果といい、肝代謝の経口薬すべてに共通することです。

経口エストロゲン剤は肝臓を通過する際に凝固能を亢進させるということは既に述べた通りですが、脂質代謝についても、最初に通過するかどうかで違いが出てくるようです。細かい機序については、調べましたが分かりませんでした。

 

ということで、ホルモン補充療法が脂質代謝に与える影響を説明してきました。しかし、脂質異常症に対してはスタチンやフィブラートといった治療薬があるので、ホットフラッシュなどの血管運動性症状がなく、脂質異常症がメインなのであれば、そっちを使った方がいいです。これは骨粗鬆症についてもいえることで、骨密度の低下がメインなのであれば、ビスホスホネート製剤やビタミンD製剤を使った方がいいです

なんでも更年期症候群の一言で片づけてホルモン補充療法を行わずに、それは一つの選択肢として、症状に応じて治療戦略を立てるべきということですね。

 

p.s. 脱線がだいぶ長くなりましたが、更年期症候群は症状が多彩なので、知らないといけないことも多いのです。産婦人科領域のことばかり考えていては一向に理解できないので、幅広い視野で理解するようにしてください。

 

次回は「子宮内膜症①」です。

(次回の問題)

109D60

32歳の女性。未経妊。月経痛を主訴に来院した。月経周期は29日型、整。5年前から毎月、月経痛に対し鎮痛薬を服用していた。6か月前から下腹部痛が強くなり、仕事や家事に差し支えるようになった。2か月前から持続的な腰痛も出現するようになったため受診した。将来の挙児を希望している。内診で子宮は正常で、有痛性で腫大した両側付属器を触れる。Douglas窩に有痛性の硬結を触知する。経腟超音波検査で両側卵巣にチョコレート嚢胞(右は径3cm、左は径2cm)を認める。

治療として適切なのはどれか。3つ選べ。

a.低用量ピル b.GnRHアゴニスト c.黄体ホルモン療法 d.副腎皮質ステロイド e.エストロゲン補充療法