30歳の男性。挙児希望を主訴に来院した。結婚後の2年間、排卵日に性交渉をもったが妻は妊娠しなかった。28歳の妻は産婦人科を受診し異常を指摘されていない。腹部の視診と触診で異常を認めない。外陰部の触診で両側精管に異常を認めない。血液生化学所見:LH 3.2mIU/ml(基準1.8~5.0)、FSH 23.3mIU/ml(基準2.0~8.0)、テストステロン 285ng/dl(基準201~750)。染色体検査は46,XYであった。精巣容積は両側ともに6ml(基準10~14)。精液検査で精液中に精子を認めない。精巣生検において精巣内に運動精子をわずかに認める。この患者について正しいのはどれか。

a.乏精子症に分類される。 b.Klinefelter症候群である。 c.精管の閉塞の可能性が高い

d.体外受精・胚移植の適応がある e.ゴナドトロピン補充療法が奏効する

 

正解:d

 

<今回の要点>

①精液中に精子を認めないことを無精子症といい、閉塞性と非閉塞性に大別される。

②視床下部→下垂体→精巣のネットワークのどこかに問題がある場合、精子形成に支障をきたす。

 

2年間の不妊ですね。年齢的には夫婦とも若いので、何か年齢以外の要因がありそうです。

 

本問のポイントは

1.精液中に精子を認めない

2.FSHが高値である

3.染色体異常はない

4.精巣生検でわずかながら精子を獲得できた

の4点です。

 

まず、精液中に精子を認めないということで、無精子症ですね。これは、前回の乏精子症よりさらに重度です。精液中に精子を認めないということは、精子がまったく作られていないか、作られているけど届いていないかの2通りが考えられます。前者を非閉塞性無精子症、後者を閉塞性無精子症といいます。精子の輸送路に閉塞があるかどうかということですね。

腹部触診と外陰部触診で異常がないという記載があるので、精路を圧迫するような腫瘤性病変がない、つまり閉塞性無精子症ではないということになります。(男性不妊の専門医に聞いてみましたが、触診だけで閉塞性かどうかを判断することはできないそうです。炎症によって閉塞している場合もあると。やはりFSH高値がカギになるようです。)大まかな解剖は下図の通りです。

精管より前の段階の解剖は下図のようになります。精巣内の精細管で精子が作られます

精細管をさらに細かく見ていくと下図のようになります。このように、精子は精細管内のセルトリ細胞というところで作られるんですね。精原細胞から有糸分裂と減数分裂を経て精子になっていきます。そもそも、精巣の働きは大きく2つに大別されます精子形成男性ホルモン(主にテストステロン)の分泌です。そして、精子形成はセルトリ細胞で、テストステロン分泌はライディヒ細胞で行われます

精子がセルトリ細胞で作られるのは分かりました。では、精子を作るためのシグナルは何なのでしょう。女性に関してはFSHが卵巣に働きかけて卵胞が発育するのでした。実は男性も同様で、FSHが精子形成のシグナルです。

FSHはセルトリ細胞に働きかけ、精子が分化していきます。これがきちんと機能していれば、下図のようにインヒビンが分泌され、ネガティブフィードバックでFSHが低下します。一方、LHはライディヒ細胞に働きかけ、テストステロンが分泌されます。そして、精子が成熟するためにはテストステロンの作用が必要です。つまり、「FSHによるセルトリ細胞への刺激」と「LHによるライディヒ細胞への刺激」の両者がそろうことで精子が完成するということです。

 

 

本症例では、「LH→ライディヒ細胞」の経路はきちんと機能しているようですが、「FSH→セルトリ細胞」の経路が不十分なようです。結果ネガティブフィードバックがかからず、FSHが高値になっています。セルトリ細胞で何らかの不具合があり、精子形成もインヒビン産生もできないという事態になっているというわけです。その原因までは分かりませんが、何らかの遺伝子異常があると思われます。このように、明らかな原因が不明なものを特発性非閉塞性無精子症と総称します。本症例の場合、精巣生検すればわずかに運動精子を認めるので、顕微授精ならば妊娠できる可能性があります。

では、選択肢を一つずつ見てみましょう。

 

a.乏精子症に分類される。 b.Klinefelter症候群である。 c.精管の閉塞の可能性が高い

d.体外受精・胚移植の適応がある e.ゴナドトロピン補充療法が奏効する

 

a.乏精子症に分類される本症例は精液中にまったく精子を認めないので、無精子症です。わずかでも認めれば乏精子症になります。

 

b.Klinefelter症候群であるクラインフェルター症候群は「X染色体が2本以上、Y染色体が1本」という染色体異常なので、47,XXYや48,XXXYとなります。無精子症の原因にはなりますが、本症例は46,XYと書いてあるので違います。

 

c.精管の閉塞の可能性が高いこれは触診で否定されていますし、FSH高値であることからも否定的です。

(2020/3/18追記)

男性不妊の臨床もするようになって分かったのですが、

一番気になる文言は「精巣生検で運動精子をわずかに認める」というところでした。

閉塞性無精子症の場合、運動精子は普通にいます。ただ通れないだけなので。

一方、非閉塞性無精子症の場合、精巣生検でもまったく精子が見つからないことの方がずっと多いです。見つかってもほんのわずかです。

ですので、問題文のこの書き方であれば、臨床医としては完全に非閉塞性を連想します。

 

d.体外受精・胚移植の適応があるこれは〇ですね。体外受精、それも顕微授精でないと妊娠の可能性はほぼゼロです。体外受精においては、受精方法が2通りあります。媒精と顕微授精です。媒精というのは、シャーレの中に卵子を置き、精子を振りかける方法で、卵子1個に対し10万~20万程度の精子を振りかけます(下図左)。あとは自力で受精するのを待ちます。一方、顕微授精は、顕微鏡で見ながら卵子をホールドし、針を刺して1精子を直接注入します(下図右)。

本症例では、生検してやっと精子が見つかるくらいですから、媒精できるほどの数は当然ありませんので、顕微授精が必須です。無事に受精した後は、胚(受精卵)を3~5日間培養してから子宮内に戻します。これを胚移植といいます。

 

e.ゴナドトロピン補充療法が奏効するゴナドトロピンとはFSHとLHのことです。これらが分泌されていないことが不妊の原因であれば、当然補充が必要ですが、本症例ではLHは普通に分泌されていますし、FSHに関してはむしろ過多なので、まったく無意味です。

 

ということで、正解はdです。

 

p.s. 今回は男性不妊ですので、泌尿器科の領域ですね。FSHとLHって、それぞれ「卵胞刺激ホルモン」と「黄体形成ホルモン」という名前ですが、卵胞と黄体は女性にしかありませんので、女性で最初に発見された物質なんでしょうね。で、男性にも同じ物質が出ていたと。推測ですけど。

 

次回は「卵管性不妊②」です。

(次回の問題)

97I50

37歳の女性。3年間の不妊を主訴に来院した。月経周期は30日型、整で、月経持続日数は5日である。基礎体温は2相性で、高温持続日数は14日前後である。子宮は正常大で、両側付属器は触知しない。夫の精液所見は正常で、性交後試験で子宮腔内に運動精子を認めた。子宮卵管造影写真と24時間後の骨盤部X線単純写真を次に示す。

この患者に適切な治療法はどれか。

a.人工授精 b.体外受精・胚移植 c.子宮頸管縫縮述 d.子宮筋腫核出術 e.子宮形成術