32歳の女性。未経妊。挙児希望を主訴に来院した。29歳時に結婚し避妊はしていない。不正性器出血はない。初経12歳。月経周期40~90日、不整。身長160cm、体重70kg。内診で子宮は正常大で付属器は触知しない。卵巣の経腟超音波像を次に示す。

この患者の不妊症の検査として有用性が低いのはどれか。

a.夫の精液検査 b.基礎体温の測定 c.プロゲステロン試験

d.血中LH、FSHの測定 e.血中テストステロンの測定

 

正解:c

 

<今回の要点>

①多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:polycystic ovary syndrome)は、月経異常・多嚢胞性卵巣・ホルモン値異常の3つを認める

②PCOSでは成熟卵胞の形成が滞るため、卵胞期が非常に長くなる

③PCOSはすぐに挙児を希望するかどうかで治療方針が変わる

④不妊症の40%は男性因子である

 

この問題、なんと正答率19%です。

正答率が異常に低い問題はだいたい悪問ですが、これは悪問とは思いません。

よく考える価値のある問題なので、是非とも完全に理解してください。

 

エコー写真を見れば、PCOSであることは皆さん分かると思います。

PCOSは日常診療でよく見る疾患の割には、その病態が完全解明されていないこともあって、若手産婦人科医の中でも苦手にしている人が多いです。PCOSがどういう疾患なのか、ひとまず診断基準から考えてみましょう。

日本産婦人科学会が2007年に定めた診断基準は、

 

1.月経異常:無月経、希発月経、無排卵周期症のいずれか

2.多嚢胞卵巣:両側卵巣で多数の小卵胞が見られ、少なくとも一方の卵巣で2~9mmの卵胞が10個以上存在する

3.血中男性ホルモン高値、またはLH基礎値高値かつFSH基礎値正常

の3つをすべて満たすこと

 

となっています。

 

前述の通りPCOSの病態は分かっていないことが多いのですが、分かっていることを簡単に述べておきます。

 

・まず、LHの分泌が亢進していること。その結果、莢膜細胞におけるテストステロン産生が増加します。診断基準3ですね。

・テストステロンは卵胞発育を抑制する作用があります。

よって、小卵胞が多数並ぶという状況が生まれます。診断基準2ですね。

それだけではありません。

テストステロンはアロマターゼの働きでE2に変換されるので、血中E2濃度が上昇します。

すると、ネガティブフィードバック(キスペプチン↓→GnRH↓→FSH↓)がかかってFSHの分泌が減るため、卵胞発育が滞ります。

これも小卵胞が並ぶ要因です。

・分泌量が低下したとはいえ、FSHも少しは出ていますから、卵胞はじわじわと発育します。

そして、通常よりはるかに長い時間をかけて、ようやくLHサージが起こります。

それまでは無排卵の時期が続くので、当然その間は無月経です。これが診断基準1の状況です。

・診断基準には含まれていませんが、インスリン抵抗性もPCOSに深く関わっていると言われています。

インスリン分泌が増加することにより、テストステロン分泌も増加すること、さらに莢膜細胞が増生する(結果的にテストステロンが増加する)ことがその理由です。

 

また、PCOSは太った人に多い傾向がありますが、その理由は2つあります。

1つ目は、肥満者はインスリン抵抗性が高いケースが多いこと。

2つ目は、脂肪細胞から分泌されるエストロン(E1)によるネガティブフィードバックでFSHが低下することです。E1もエストロゲンですからね。

 

では、選択肢をもう一度見てみましょう。

 

この患者の不妊症の検査として有用性が低いのはどれか。

a.夫の精液検査 b.基礎体温の測定 c.プロゲステロン試験

d.血中LH、FSHの測定 e.血中テストステロンの測定

 

d.血中LH、FSHの測定e.血中テストステロンの測定は診断基準3の項目なので、当然測定する意義があります。

b.基礎体温の測定も、排卵の有無を知ることができるので、つけていいと思います。

 

さて、問題はa.精液検査c.プロゲステロン試験です。

正解(つまり不必要な検査)はcですが、aを選んだ受験生が65%もいたようです。

おそらく、「女性疾患なのに精液検査?はあ?」みたいな感じで選んだんでしょう。

このケースでは精液検査は絶対必要です。

なぜなら、主訴が「挙児希望」で、3年間の不妊だからです。

さらに、問題文にもご丁寧に「不妊症の検査として」と書いてあります。

PCOSは確かに不妊の原因になり得ますが、絶対に妊娠できないわけではありません。時間はかかっても排卵するわけですから。

ですので、この人の不妊の原因がPCOSとは限らないわけです。

実は、不妊症の30~40%は男性に原因があります

精子が極端に少ない、あるいはまったくいない、ということです。

実際、まったく精子がいない「無精子症」の頻度は、なんと一般男性の1%です!恐ろしいですねー。100人のクラスだったら1人は無精子症ということですよ。

PCOSも治療すべきですが、もし夫の精液に問題があったとしたら、そちらも治療しなくては妊娠できませんから、精液検査は必須項目です。

 

では最後にc.プロゲステロン試験について考えてみましょう。

「プロゲステロン(P)を投与する」という検査ですね。

この検査の目的は、「それで月経発来するかどうかの確認」です。

対をなす検査としてエストロゲン(E)を併用するEP試験があります。

EP試験とは、「月経5日目から21日間E製剤を内服し、月経15日目から11日間P製剤を内服する」というものです。

つまり、月経周期のEとPの動きを薬剤で再現することによって月経を起こすという試験です。

前半はEのみ、後半はEとPを併用するということですね。

P製剤だけで月経発来するなら、E2は自前で分泌できているということであり、

E製剤も併用しないと月経発来しないなら、E2もPも自前では分泌できないということです。

 

 

本問においては、これが不要な検査とされていますが、あながち無駄な検査ではありません。

EP試験とP試験はそのまま「月経周期を整える」という治療にもなります。

それぞれカウフマン療法、ホルムストローム療法といいます。

人工的な月経周期を3回くらい作っていると、その間卵巣は休めますので、治療後に復活することがあります。

 

もしE2が自前で分泌できるのならホルムストローム療法でいいし、E2もPも分泌できないならカウフマン療法ということになります。

つまり、この両者のどちらを選択するのか決定するために、という観点からプロゲステロン試験を行う価値はあると思います。

 

しかし、本症例ように3年間の不妊を経て「子供がほしい」と言って受診した患者さんに、「とりあえず3ヶ月間、ホルモン周期を整えましょう。」というのが適切な方針でしょうか?

PCOSは上手に排卵誘発させれば妊娠は可能なので、その方向で考えるべきでしょう。

ということで、この患者さんの主訴が挙児希望ではなく、「月経不順をなんとかしたい」だったら、この選択肢もアリですが、本問においては不適ということになります。

 

p.s. 本問は、PCOSが分かることは前提で、患者さんの主訴が判断の決め手でした。かなり難しいとは思いますが、よく考えるきっかけにはなるのではないでしょうか。

 

次回は「PCOS②」です。

(次回の問題)

105A56

29歳の女性。不妊と月経不順を主訴に来院した。身長152cm、体重65kg。内診で子宮は正常大である。経腟超音波検査で両側卵巣は軽度に腫大している。基礎体温は一相性で、黄体ホルモン剤投与で消退出血を認める。血中ホルモン所見:LH 12.4mIU/ml(基準1.8~7.6)、FSH 7.2mIU/ml(基準5.2~14.4)、テストステロン 100ng/dl(基準30~90)、エストラジオール 60pg/ml(基準25~75)。

まず行うべき対応で適切なのはどれか。2つ選べ。

a.減量指導 b.クロミフェン投与 c.GnRHアゴニスト投与

d.卵胞刺激ホルモン投与 e.ドパミンアゴニスト投与